帰すか、帰さないか
「ようはいつもの外来人と同じでしょ? じゃあちゃっちゃと終わらせましょ」
巫女はそう言いながら立ち上がり、神社に向かって歩いて行く。
「じゃあそこの貴方こっちに来てくれる? 早く終わらせたいのよ」
「あ、はい」
「ここじゃあ駄目なんですか? それとも何か道具がいるとか?」
早苗が巫女に対して聞くと、巫女は振り向いて溜め息を吐く。
「道具なんていらないわよ。ただ部外者に見られるのが駄目なだけ」
「見られるのが駄目ってなんでだ? 私も見たことないから見てみたいんだが」
巫女の隣に座っていた魔法使いが魚のような物を食べながらそう聞く。
「結界の操作を見せるわけにはいかないのよ。もし見た奴が結界の操作の仕方を学習して、結界を自由に緩めることが出来るようになったら幻想郷の危機よ」
「そんな簡単に出来るもんなのか?」
「さあ?」
「さあ? って霊夢お前……」
「知らないけど、かと言って試すわけにもいかないわよ。それで異変でも起きたらそれこそめん、大変じゃない」
「(今、面倒って言いかけたような……)」
「そういうわけだから部外者立ち入り禁止よ」
虫でも追い払うように手を振る巫女を見て魔法使いは(一応)諦めたようだ。
「分かったら早く終わらせるわよ。ほら来なさい」
「あ、すみません。その前にちょっと早苗さんに」
竜也は急かす巫女に断ってから早苗の方を向く。
「それじゃあ早苗さん、お元気で」
「はい、竜也さんこそお元気で」
「俺は一度も風邪も怪我もしたことないんで大丈夫ですよ」
竜也はぺこりと早苗に軽く頭を下げてから巫女についていく。
そこで振り返れば、竜也は早苗の悲しそうな顔を見れただろう。
神社の中、巫女の奇妙な言葉を竜也は聞いていた。
(これで帰る、か)
もう少し早苗達と一緒にいたいという気持ちはあった。でも、その気持ちは表にすることはなかった。
これ以上求める必要などないのだ。彼女達はちゃんといて、空想の存在ではないということが分かれば満足だった。
ただ、それでも思ってしまう。
(……あーあ)
家の現状、学校での扱い、お金、そして彼女達の存在。
それらのことを考えると、やはり思ってしまった。
(帰りたくないなあ……)
目の前の空間に穴が開いた。これを通れば帰れるらしい。
空間に足を踏み入れる。
その直前だった。
バンッ!! と、まるで穴に拒否されたかのように、竜也は吹き飛んだ。
「うわっ!?」
勢いを殺す、なんて芸当出来るわけもなく、竜也は壁に頭を思いっきりぶつける。
見える限りだとどうも巫女も吹き飛んだらしいが、こちらは勢いを殺して立ち上がり、お札を手に持っている。
「危ない危ない。今戻すわけにはいかねえからな」
穴から、声が聞こえてきた。
いや、巫女の作った穴とは違う。穴の中にもう一つ別の穴が出来ていて、そこから声が聞こえてきているのだ。
「姿を見せなさい。じゃないとその穴から引きずり出すわよ」
「勘弁してくれよな。戦闘訓練はまだ受けてないんだから」
よっこらせと言いながら出てきたのは、まるでテレビに出る俳優のようにカッコいい男だった。
黒い髪に黒スーツを着た男は右手に持つ杖で身体を支え、ヘラヘラと笑いながら手を上げて挨拶してくる。
「どうも、博麗の巫女。実物見るのは初めてだな」
「誰よあんた」
「神波蒼。まあどこぞの誰かさんのバックアップだよ」
適当に蒼と名乗った男が喋り終わるのに合わせたかのように扉が開き、外から人が入ってきた。早苗と白黒の魔法使いだ。
「霊夢さん、今のは!?」
「随分派手な音だったが何が起きたんだ?」
竜也が壁にもたれかかったまま開いた扉の向こうにある外を見ると、何人かがちらりとこちらの様子を伺っていた。
蒼は変わらずヘラヘラと笑いながら竜也に近づきながら話しかけてくる。
「いやー危なかった。もうちょっとでお前さん全部台無しにしてたぞ」
「お、俺?」
「そう、お前さんだ」
蒼が手を伸ばす。竜也の顔に向かって。
その手が届く直前、早苗がその間に割り込んだ。どこから出したのかお祓い棒を持って蒼を睨みつける。
「おお怖い怖い」
まったく怖がってなさそうにそんなことを言いながら蒼は肩をすくめる。
「加賀竜也。お前を外の世界に戻すわけにはいかねえんだわ」
「どうしてですか! 竜也さんは私みたいなのと違って普通の人です! 外の世界に帰すことの何が悪いんですか!?」
「そう、普通だ。『今』はな」
『今』のところを強調するようにして蒼は言う。
「……どういうことですか?」
「祭りの時になれば分かるんじゃないか? 日数的にはそんくらいだし」
ヘラヘラと笑って適当にそんなことを言う蒼に、早苗の身体がぷるぷると震えていた。
「一応言っとくが、何回戻そうとしてもさっきみたいに何回でも弾き飛ばすからな」
「……どうあっても、帰す気はないと?」
「イエース」
「そうですか」
スッと早苗が服の袖からお札を取り出す。
「こういった時の場合の解決法が幻想郷にはあるのですが」
「んー、スペルカードルールだっけか。あれって男も出来たっけ?」
「出来ないということはありませんよ。男性の方々はあまりやらないだけです」
「そうかい」
んーと蒼は暫く考え、トンッと杖で床を叩く。
「おーけ。せっかくだから俺も経験積みたいし、いいぜやろう」
「わかりました」
早苗が睨み、蒼がヘラヘラ笑っているのを見て、竜也は呟く。
「…………俺の意思は?」