五日目の前夜
「……っ!?」
竜也は鏡に映る自分の姿を見て、慌てて首に下げられた勾玉を確認する。
勾玉に傷は走っていない、ように見える。
だったら何故、竜也の体はこのようになっているのか。
「……ようやく気づいたか」
突然声が聞こえてきた。頭の中に直接叩き込んだような、そんな感じがした。
「元さん?」
竜也は周りをキョロキョロと探すが、どこにも元の姿はない。声も頭に直接響いてくるので、どこから声をかけられているのかが分からない。
「元さん、俺の体は……」
「二十八回」
「……?」
「……やっぱ分からないか」
溜め息をつき、元は疲れた声で竜也に言う。
「お前が死に、世界が巻き戻された回数だよ」
「なっ!? なんでそんなに俺死んでるんですか!?」
「お前が忠告を聞かなかったのが悪い。……後喧嘩に巻き込まれて龍神の力が暴走して自壊したのもあるか。自壊が九回、忠告を無視してあいつに挑んだのが十九回だな」
「……そんなに挑んでるんですか俺」
「まあ少ない方だろ。たかだか一日が一ヶ月程度に伸びただけだし」
コツン、と竜也の頭が硬い何かで叩かれた。振り返るといつの間にか元が立っていて、右手で鞘入りの刀を持っていた。それで竜也を叩いたみたいだ。
突然元が現れて驚く早苗のことなど気にせず、元は懐から一枚のお札を取り出す。
「話すべきことはあるが、その前に結界を補強する。……こういった術式は苦手なんだが、蒼の奴がいないから仕方ないか」
苦手、と言いつつも元は特にもたつくことなく術式とやらを発動する。勾玉が淡い光を放ったかと思えば光が少しずつ竜也の体を包み込み、竜也の中に入り込むようにして消えていく。
「これでよしと。数時間もすればその鱗も消えるだろうよ」
「……なんか、いまいち分からないんですが」
「そんなもんだよ。お前の皮膚の変化も蓋してたやつが漏れ出た程度でしかなかったし。実際そこの風祝に言われなかったら気づかなかっただろ」
そうやって断言されると、竜也はその言葉を信じるしかない。竜也はオカルトはさっぱりなのだ。
「さて、とにかく我慢強さの無い竜也君にお話があります」
「……反論ができない」
「まあ少ないけどな。朔の時なんか一万回は余裕で超えてたし」
「……?」
なんでここで朔が? と竜也は思うものの、竜也がそのことを聞く前に元が喋り出した。
「……明日、あいつが、名前の無い神が里で暴れ出す」
「……!?」
元の言葉に驚いた竜也だが、直後にさらに驚くことを元は言い放つ。
「今回はそのことで忠告に来た。明日は絶対に動くな。明日のあいつは、幻想郷の住民全員を殺す為にやってくる。お前が死んでも世界はもう戻らない」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今なんて言いました!?」
「神様、人間と妖怪、皆殺し」
「「…………」」
元がふざけた調子で言うせいで、現実味が湧いてこない。
早苗がゆっくりと確認するように聞く。
「……あの、本当なんですか、それ」
「……ふざけた調子で言っちまったけど、本当だ。あいつは幻想郷の住民の願いを叶える為に、幻想郷を滅ぼしに来る」
その台詞を聞き、ようやく認識が追いついた竜也が叫ぶ。
「確かその人に勝てる人っていないんでしょう!? どうするんですかそれ!?」
「……どうにかするしかない」
少し言い淀みながら、元は答えた。
まさかと思いつつも、竜也は元に聞く。
「まさか、何も手段を考えついていない……?」
「…………」
その沈黙が答えだった。
竜也は拳を握りながら思わず叫んでしまう。
「だったら龍神がどうとか言ってる場合じゃないですよ! 俺も戦います! 龍神の力なら少しくらい対抗できます!」
「竜也さん!?」
竜也の言葉を初めから予想していたのか、元は特に驚くことなく首を横に振る。
「駄目だ。力の総量だけなら確かにあるが、意識が無いという点が戦闘において最悪すぎる。下手しなくても俺対あいつ対竜也とかいう構図になる。あいつを倒せるかどうかも怪しいんだ。これ以上不安要素を増やすな。……くそ、妖忌がいれば、もしくは妖夢の奴が魂魄流を理解していれば少しはマシだったのに」
ブツブツと悪態をつきながら元は早苗の方を向く。
「八坂神奈子は何処だ」
「神奈子様なら里の中でお酒を飲んでいるかと。何処にいるかまでは……」
「充分だ。……目には目を、歯には歯を、だ。神の力を借りる必要がある」
元がそう言い切った瞬間、その姿が一瞬で消えた。
残された二人は顔を見合わせ、静かに頷く。
「……決めないといけませんね」
「そうですね」
直後に二人の体が浮き上がり、山に向かって飛んでいく。
時刻は夜の十時。
五日目まで、後二時間。




