力持ち
というわけで絶賛迷子である。
「……ここはいったい何処なんだが」
竜也はキョロキョロと辺りを見回しながら呟く。周りを見ても木しかなく、景色も代わり映えしないのでどれくらい移動したのかも分からない。
守矢神社が山の頂上辺りにあるのは知っているのだが、どれだけ登っても神社なんて見つからない。途中で自分が登ってるのか降りてるのか分からなくなってくるくらいだ。
「この山どれくらいの高さがあるんだろ? 富士山くらいはあるのかな?」
一人延々と歩いていると自然と独り言が多くなっていく。山の中は若干薄暗く、気分も一緒に暗くなりそうだった。
……因みに妖怪の山の正体は本来の姿で幻想入りした八ヶ岳であり、その高さは富士山よりも上だったりする(幻想郷の面積どうなってるんだとか言ってはいけない)。
「空を飛べたらいいんだけどなぁ」
「ほほう? 空を飛びたいと? 人間は結構皆空を飛び回ってる印象があったけど、やはり普通の人間には無理なのか。まあ私たちの作った機械なら空を飛ぶことは容易いよ。乗ってみる?」
「へえ、そんな物あるん……ん!?」
すぐ近くから声が聞こえ、竜也は慌てて周りを見回す。だが竜也の目には誰の姿も映らなかった。
そうこうしていると、またも声が聞こえてくる。
「おっとすまない。光学迷彩のスイッチを入れたままだったよ」
ジジジッ、バチン! という音が竜也のすぐ横で鳴った。電流が流れ出し、やがて声の主が正体を現した。
「やあ、また会ったね」
青い服を着た少女は竜也に笑顔を向けながらそう言う。友達に久しぶりに会った時みたいな、気楽な言い方だった。
だが、
「……………………ええっと……」
竜也は少女から目を逸らし、必死に記憶を探る。ぶっちゃけこの少女が誰なのかを忘れてしまっていた。
察したらしい少女が声を上げる。
「あみん! 四黒鳥あみん! この前のロボの時に自己紹介した筈だけど!?」
「……あ、あー」
そこまで言われて竜也もようやく思い出す。
「……その後起こったことが衝撃的すぎて忘れてた」
「酷いなぁ。まああれの後だと仕方ないかもしれないが」
「途中から記憶ないですからねあの日」
あみんは少女というより少年のように笑う。
「まあそんな過去の話は置いといて、だ。空を飛びたいと言っていたがそれは手段なのだろう? 空を飛んで何をしたかったのだ?」
「神社へと道が分からなくて、空を飛べたら楽なのに、と」
「ふむ、なるほどなるほど。わざわざ神社へと行く理由は?」
「諏訪子さんに追加のお酒を持ってくるように頼まれたんですよ。龍神祭でお酒を飲んが無くなりそうで」
「……ふむ」
あみんは少し考え込み、暫くして竜也にこう提案してくる。
「竜也君、私が神社へと連れて行ってあげよう」
「え、本当ですか助かります!」
「ただまあ、ちょっと代わりにお願いしたいことがあるんだ。ああ心配することはない。お酒を持っていくついで運んで欲しいだかだから」
「別にいいですよそれくらい」
あみんの提案に、竜也は迷いなく乗る。竜也一人では神社に辿り着けないし、というかここで乗らないと迷子エンドしか見えないし。
竜也の言葉にあみんは満足したように頷き、
「じゃあすぐそこ、具体的には十メートル直進しただけで辿り着く神社で先に竜也君の用事を済ましてから運んでもらうよ」
「近っ!? え、後ちょっとだった!? 十メートル行くだけとかそんな馬鹿な!?」
謀られた! と叫ぶ竜也の声が、山中に響き渡った。
「……あみんさん」
「どうしたんだい竜也君」
「おかしくないですか?」
「おかしくないおかしくない。とても自然だよ」
「いえ、断言します。おかしいです」
里の中、背中に背負った物の重みを感じながら竜也は叫ぶ。
「なんで俺はたった一人で龍神の石像を運んでるんですか!?」
おかしい、と竜也は思う。
この龍神の石像、筋肉の塊みたいな男十人近くで持ち上げられなくて竜也と朔を呼びつけたくらいの重さがある筈で、竜也一人で持ち上げられる筈がないのだ。
普通ならば。
「……あれぇ、もしかしなくても、だいぶ人間辞めてる?」
「いいからさっさと運びたまえ。そこの台の上に置いておけばいい」
「わかりましたー」
よっこらせーと言いながら竜也は台に龍神の石像を置く。ズズン! と派手な音が鳴った。
「お疲れ様」
「……なんかもう、俺大丈夫なのかな」
「大丈夫大丈夫。人間なんて皆こんなもんだから」
「幻想郷の人間がおかしいだけですからね」
「そうなのかな? とにかく私はこれで失礼。まだやることがあるのでね」
そう言うとあみんはさっさと山の方へと飛び去ってしまった。まだ運ぶ物でもあるのだろうか?
「……俺も諏訪子さんの所行こ」
竜也も酒ビンの入った袋を片手にぶら下げながら歩き出す。
途中で、こんな呟きが聞こえた。
「……いや、人間の一部がおかしいだけだから」




