努力
竜也にはよく分からないのだが、今年の龍神祭は大荒れらしい。
「おらぁ!」
「くらうか!」
竜也の目の前では今まさに殴り合いが起きていた。とはいえ、竜也が今日散々見てきたのとは違い、二人共周囲に被害が出ないように気にかけているが。
お茶を飲みながらゆっくりと喧嘩を眺めていると、若干フラフラとした足取りの霊夢が歩いてきた。霊夢はキョロキョロと周りを見渡し、ちょうど片側の空いていた竜也の隣に座る。
「……疲れた」
「お疲れ様です」
霊夢は袖口に手をやり、そこからビン入りの酒を取り出す。……どう見てもビンが収まるようには見えないのだが、霊夢はごく自然に取り出していた。四次元ポケットのようなものか。
口を付け、ビンの中身が半分ほどに減った辺りでふぅと一息つく。
「あぁ、酒が体に染みるわー……」
「今日一日ずっと空飛んでませんでした?」
そう言って竜也は空を見上げる。もう空は赤焼けていて、太陽の半分以上が山に隠れている。
霊夢は酒を一口飲み、一息つきながら喋る。
「里中があんな感じだもの。ったく、これでお賽銭も何もないんだからやってられないわよ」
「……あの」
そんなことを言っている霊夢に、女性が恐る恐るといった感じに話しかける。その手には酒ビンと芋の揚げ物がある。
「良ければこれ、貰ってくれますか?」
「あら、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ毎年お世話になっています」
女性はぺこりと頭を下げながら去っていく。貰った芋をつまみながら霊夢は言う。
「……ったく、これでお賽銭も何もないんだからやってられないわよ。あ、この芋美味しい」
「……充分な気もしますけどねぇ。というかお賽銭入らないんですか?」
「まっっったく。参道の安全は結界張ったりして確保してるんだけど、里から神社への道は遠いからねぇ」
そう言って霊夢は博麗神社の方へと向ける。確かに、里から神社への距離はパッと見てもかなりある。車や自転車があれば大した距離ではないのかもしれないが、徒歩で行くには少々遠い。
「まあ、確かに」
「……もういっそ賽銭箱担いで里を歩き回ってみようかしら」
「やれるものならどうぞ。賽銭箱って大きいのだと十五キロはあったはずですけど」
「いや、流石にそのまま担がないわよ。こう、手のひらサイズの賽銭箱なら……」
「そもそも賽銭箱持ち歩いたところで賽銭を入れてくれるとは限りませんよ。というか、がめつい奴だと思われて誰も近づきたがらないと思いますし」
「……上手くいかないものね」
「結局、地道な努力が一番ということですよ」
「……努力、か」
霊夢は酒を飲み干し、女性から貰った酒の蓋を開けながら竜也に言う。
「その努力が、何の意味もなかったら?」
「?」
「そうやって地道な努力をしていても、その努力が実らなかったら? どれだけ頑張っても、別の誰かがやりたかったことをあっさりとやってしまったら、貴方はどうするの? それでも意味もなく努力を続ける? それとも諦めるの?」
霊夢の言葉は、竜也に向いているようで、竜也じゃない誰かに向いていた。
その誰かに言えない言葉を、竜也に言っているように感じた。
竜也の返答なんて聞くつもりないのか、霊夢は喋り続ける。
「努力すれば叶うなんて幻想よ。どれだけ頑張っても、出来ること出来ないことは決まってるんだから。……だから私は努力なんてしないわ。自分じゃ出来ないことなんて、他の人にやらせとけばいいのよ」
そこまで言い切ると、霊夢は竜也から顔を逸らし、立ち上がる。頭に手をやり、溜め息をつく。
「……酔ってるのかしらね。そのお酒はあげるわ。飲まないなら誰かにあげなさい」
霊夢はそう言って酒ビンを置いて歩き出す。霊夢の背中に、竜也は声をかける。
「……確かに、努力なんて殆どのものは意味がないかもしれません」
けど、と竜也は続ける。
「……努力してみないと、挑戦してみないと、本当に出来ないのかどうかなんて、分からないじゃないですか」
「…………」
霊夢は何も言わなかった。竜也に見向きもせず、足早に去ってしまう。
残された竜也は酒ビンを手に取り、少し口に含んでみる。顔を歪ませながらも飲み込み、呟く。
「努力すれば叶うのが幻想なら、大丈夫でしょうに」
空を見上げながら、竜也は言う。
「だって、ここは幻想の集う場所なんでしょ?」
「おーい霊夢」
「…………」
霊夢が里の中を歩いていると、魔理沙がこちらへとやってきた。魔理沙の背中には大きな袋があり、霊夢にはよく分からないガラクタが詰まっていた。アレの価値が分かる人は、幻想郷にはあまりいないだろう。
「魔理沙、その後ろの奴は何?」
「気前のいい奴がくれた。なんか武器にするにはどうとか言ってたけど、全然話が噛み合わなかったよ」
「なんだ、またどっかから盗んだと思ってたのに」
「盗んでないぜ。借りてるだけ借りてるだけ。それに私は妖怪共のならともかく人間の物を死ぬまで借りるつもりなないしな」
「……あんたが魔法使いになったら返すのはとんでもなく先になるでしょうに」
「私は今のところ人間を辞めるつもりはないし、問題はないさ」
「……まあ、私に被害が出なければいいんだけどね」
「お前はそうだろうな。……っと、そうだ」
魔理沙は袋を下ろし、そこから酒ビンを取り出す。幻想郷の物ではなく、外の世界のお酒だろう。
「これも貰い物だ。せっかくだから一緒に飲もう」
「珍しいわね、魔理沙がそんなこと言うなんて」
「祭りだからな。一人で酒を飲んでてもつまらないんだよ」
「それについては同意するわ。……どっかに椅子空いてないかしら」
「なあに、祭りはまだまだこれからだ。焦る必要はないぜ」
「……それもそうね。ゆっくりと席を探すとしますか」
言いながら、二人はゆっくりと歩き出す。
太陽が隠れ、夜に、妖怪の世界に変わろうと。
祭りは、まだまだ終わらない。