兎の少女たち
竜也は、酔っ払いに絡まれて困っていた。
「そんでね、私はいーっつも師匠の下みたいな扱いされてんだけどさ、まあ私からすれば? 師匠なんてただの無駄年食ったババアっていうか?」
「は、はぁ……」
なんだこの子? と竜也は思いながら少女に目をやる。
周りの人たちが和服を着ている中、この少女は女子高生みたいな格好をしていた。頭にはよれよれのウサ耳があるのだが、なんか根本にボタンみたいな物がある。コスプレか何かが幻想郷に迷い込んだのだろうか?
その少女はベロンベロンに酔っていて、さっきから異常なまでに絡んできていた。本当に唐突に絡んできたので、なんで竜也も目をつけられたのかが分からない。
「あははははははははははは!!」
「突然笑い出した!? もうやだ酔っ払い嫌だー!!」
「うるさいわね、私だって姫に無理やり連れ出されて困ってんのよ!」
「知らないですよそんなこと!」
「てゐも妖怪兎連れて勝手に出てるし! 姫は能力使っていつの間にかどっか消えてるし! しかもそれで怒られるの私なんだから! 飲まなきゃやってらんないわけなのよ!!」
「……うわぁ。なんか一番絡まれたくないパターンに引っかかった気がする……」
竜也が頭を抱えていると、少女はさらに酒を飲み出す。しかも一合枡ではなく一升枡で。とんでもなく酒臭い。
正直もう手に負えないので、誰かに酔っ払いを押し付けてやろうと辺りを見回す。すると少し遠くにこちらを見ている朔の姿を見つけた。
少女の肩を掴み、無理やり朔の方へ体を向けさせ、そして耳元で呟く。
「……さっきあっちにいる黒ジャージの少年が貴女のことをべた褒めしてましたよ」
「よーくわかってんじゃない! そう、永遠亭の真の主は私だということを!!」
大声で笑いながら少女は朔の元へと突っ込んでいく。何か朔が叫んでいた気がするが、巻き込まれるのを避けるために竜也はさっさと移動する。
だいぶ離れた所で一息つき、竜也は置いてあった椅子に座る。
「……疲れた」
ふー、と大きく息を吐いて竜也がリラックスしていると、
「……ん?」
なんか、白い兎がピョンピョン跳ねながらこっちにやってきた。兎は竜也の膝に飛び乗ると、そのまま寝る体勢に移ってしまう。
「……なんで兎が?」
そんなことを言いながら兎の背中を撫でてみる。兎は逃げ出したりせず、リラックスするかのように手足を伸ばしている。
そうこうしていると、一人の小さな少女が近づいてきた。その手には一本のフランクフルトがある。
「上司からのプレゼントだよ、ありがたく思いなー……って、誰その人?」
「ど、どうも」
少女は竜也を興味深そうに見ながら兎の口元にフランクフルトを持っていく。
兎ってフランクフルト食べるのかな? と竜也が疑問に思っていると、突然の膝にかかる重量が増えた。見れば兎がいつの間にか女の子に変身している。
フランクフルトを両手で持ってもぐもぐと食べているのを見ながら呟く。
「……変化の術か何か?」
「似たようなもんね。ちょっとこのお兄さんと話があるから向こう行ってなさい」
少女が言うと、女の子はフランクフルトを口の中に無理やり詰め込みながら歩き去っていく。その途中で兎に戻り、軽快な足取りで消えた。
「私は因幡てゐ。さっきみたいな妖怪兎のリーダーをやってるわ」
「えと、加賀竜也です」
てゐと名乗る少女はさっきの兎と入れ替わるように竜也の膝に座り、竜也の眼を覗き込む。
「あの、何か?」
「ちょっと黙っててー」
「は、はぁ」
てゐは竜也の顔を掴み、動かないように固定する。暫くして、ゆっくりと口を開く。
「……で、私のことは覚えてる?」
「……?」
覚えてるかと聞かれても、竜也は因幡てゐなどという名前は初めて聞いたし、てゐの顔をどこかで見たこともない。なんの話か分からずに黙っていたが、てゐは気にせず喋り続ける。
「そうそう、なんでかあんたの力を持った人間がいたからさ、そこから中継してみてみたんだよ。今あんだどこ? ……別世界にいるならさっさと帰ってきてくれない? うん、あんたの力が必要になるかもしれない。力技は好まないかもしれないけどさ、あんたの力の源である幻想郷そのものが消えるかもしれないわよ? ……分かったならさっさと帰ってきなさい、いいわね?」
そこまで言い切ると、てゐは竜也の膝から飛び降りる。竜也の肩をポンポンと軽く叩き、手を振る。
「まあ頑張りなさい竜也。龍神なんてけっこう扱いやすいものよ」
「……え?」
竜也が何か言う前に、てゐはさっさと走り出して竜也から離れていく。竜也が追いかけようとした瞬間、さっきの高校生の少女が朔の腕を掴んでグルグルと回しながらてゐを追いかけていく。
「あははははははははははははははは!!」
「ちょ、待て。気持ち悪い……オォェ」
条件反射で動きが止まって数秒。てゐの姿は完全に消え去ってしまっていた。
追いかけるのは無理、と判断した竜也はその場を後にする。
また酔っ払いに絡まれるのは、勘弁したかった。