再会
懐かしい夢を見た。初めて彼女と会った、あの時の夢。
竜也はゆっくりと眼をあける。天井が見え、誰かに運ばれたのだと知る。
起き上がり、部屋を見る。部屋の隅に長机と座椅子が置いてあるのを見る限りだとどうも寝る部屋ではないようだ。
壁には何かを書いた掛け軸がある。確か書いてある言葉の意味は『ポジティブに考えろ!』とか言ってたはずだ。
「え?」
掛け軸を、というより部屋を見たことがあった。一度ではない。何度も何度も、当たり前のように見てきた部屋だ。
気づけば部屋から出て走っていた。靴を探すこともせず全力でその場所を目指していた。
「……あ」
その少女は掃除をしていた。竜也の知る光景と変わらず、竹ぼうきで神社の掃除をしていた。
その少女も竜也を見つけ、少し何か迷うような素振りを見せた後、竜也にこう聞いてきた。
「あの、もう起き上がって大丈夫なんですか?」
「……、」
聞いてなかった。竜也は何も言わず少女の近づいてその手を掴む。
「あ、あの?」
「…………早苗、さん?」
「え? あ、何で覚えて……」
竜也は思わず頬を引っ張る。痛みをしっかりと感じ取れた。
「は、はは。はははは」
乾いた笑いを出しながら力なく崩れ落ちる竜也を少女が慌てて支えてくれた。
「た、竜也さん!?」
「……会えないかと」
竜也は泣きそうな顔で呟く。
「もう、会えないのかと思ってました」
「そ、そんな大げさな……」
「大けさじゃないですよ! 神社は消えてるし! 偶に来てた人たちも全員神社のことを覚えてないし! 全部妄想の産物だったのかと凄く不安だったんですからね!! 何処に行ってたんですか!?」
「え、えとですね……」
「あれ? 何してんの二人とも」
竜也の後ろから声が聞こえた。振り向くとでかいカエルの帽子を被った女の子が立っていた。
「す、諏訪子様。それがですね……」
「ああいやいいよ、見れば分かるから。神奈子め、記憶消すの忘れてたな」
トコトコ歩いて諏訪子はカエルの帽子を竜也に被せる。
「久しぶり。二年ででかくなりすぎじゃない?」
「……諏訪子さん」
「ん?」
「毎回帽子乗せるのに何の意味が?」
「特にないよ?」
「げん、そうきょう?」
「幻想の理想郷と書いて幻想郷。忘れ去られて幻となった存在が集まるとこだよ。神奈子が信仰が足りないとか言ってたの覚えてる?」
竜也と諏訪子は縁側に座っていた。手元にはお茶と饅頭がある(お茶は早苗が、饅頭は諏訪子が帽子から出した。別次元に繋がってるようだ)
「覚えてます。信仰がないと力がなくなるとか言ってましたね。……まあ当時は殆ど聞き流してましたが」
「私たちみたいな神様は信仰がエネルギー源なみたいな物で、信仰が得られなければ私たちは消えてしまうわ。神奈子はそれを恐れた。けれども外の世界で人間の信仰を得るのは難しい。だから神奈子は大きな賭けに出たのよ。私や早苗に何の相談もなくね」
そう言う諏訪子の顔には呆れや怒りの感情はなかった。少しお茶を飲んで話しを続ける。
「神社の存在を幻とし、この幻想郷で信仰を集めるという賭けにね。残り数少ない信仰が消えてしまうけれど、こっちの方が可能性はあった。過去の栄光より可能性ある未来を選んだのよ。結果を言えば賭けには勝ったんだけどね」
「神社を幻に……えーと、誰も存在を知らない状態にしたってことですよね? だから誰も神社を覚えてなかった」
「そういうことよ」
「でも変じゃないですか? それならなんで俺は覚えているんですか? 一日も忘れたことはないですよ?」
「それなんだよね」
諏訪子は少し動いて竜也の顔を、眼を見てくる。
「神奈子はこう言ってたわ。『竜也の記憶は真っ先に消した』ってね。ねえ、本当に忘れたことはない? 絵を見て思い出したとかはなかったの?」
竜也は少し思い出すように俯き、静かに首を横に振る。
「……そう」
諏訪子は短くそれだけを言った。そして何か切り替えるように勢いよく立ち上がる。
「ま、何にしても今日は泊まりね。今帰ったら真夜中でお巡りさんのお世話になるだろうし」
「え、帰れるんですか?」
「そりゃもちろん。……今の説明だと竜也も幻の存在になったみたいに捉えるよね。大丈夫、帰れるわよ。まあ親御さんは心配するでしょうけど」
「……いえ、むしろこっちにいるかもしれません」
「?」
「他界しました。一年前に事故で」
「……、」
竜也は気にせずこう笑いながら言った。
「幽霊も幻の存在ですから、案外すぐ隣にいるかもしれませんね」