神を倒す方法
その日の夜、竜也は眠れずに夜空を見ていた。幻想郷の空は、今日も星々が光り輝いていた。
里の方を見れば、夜にも関わらず明るかった。妖怪たちからすれば夜からが本番なので、当然と言えば当然なのかもしれないが。
「…………」
竜也は何か考えたり、絵を描くといったこともせず、ただただ夜空を見ていた。思考を放棄し、体は床に転がっていた。
無意味に時間が過ぎていく中、音もなく少女が現れた。
早苗ではない。昨日出会った自称魔女、ジュリアだ。……何故か、体が煤だらけの。
竜也はジュリアに気づいたが、視線すら向けない。その視線は夜空に固定されていた。
「いやー、死ぬかと思ったよ。相手がわざと逃げ出させてくれたから生きているけど、本気で来られたら私なんて消し炭も残らないねあれは」
「…………」
「……おーい? なんで全力で私を無視するのー? お姉さん悲しいよぉ〜」
ジュリアが何を言おうが、竜也は微動だにしない。ジュリアは首を傾げながらも竜也にある物を放り投げる。
「……?」
そこで、初めて竜也の意識が夜空以外に向いた。竜也は放り投げてこられたものを拾い上げる。
ジュリアが放り投げたのは、竜也が身に付けているものと同じ勾玉だった。
「とりあえず新しいの持ってきた。それ持ってれば今よりはマシになると思うから」
それじゃ、とジュリアは言い、来た時と同じように音もなく消え去った。
一人になった竜也は暫く勾玉を見続け、
「…………」
ぽいっと捨ててしまう。
「……竜也さん?」
竜也が投げ捨てたところを、早苗はちょうど目撃した。竜也は早苗の方へと視線を向ける。
寝間着姿の早苗は、竜也が捨てた勾玉を拾い上げて竜也の所へ持ってこようとする。
「…………」
だが、早苗の足が途中で止まる。何かを迷うように、早苗の目が竜也の目を見ずに明後日の方向を見る。
「……早苗さん?」
「……………………竜也さん」
早苗がゆっくりと口を開く。もったいぶっているわけでも、会話の間を作っているわけでもない。ただ、口が重いだけだ。
躊躇うように口が二三度開閉し、ようやく出てきた声は、無理やり絞り出したような声だった。
「……ごめん、なさい」
「……え?」
突然謝れ、竜也は困惑する。だが早苗は、竜也の困惑など御構い無しに口を動かし続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私が、私が勝手なことを『願った』せいで!」
「さ、早苗さん?」
早苗は今にも泣き出しそうになっていた。それにも関わらず、彼女は涙を必死に堪えている。
まるで、自分には泣く資格がないと言っているみたいに。
「私が、私が願わなければ! 竜也さんが幻想郷に来ることはなかった! 竜也さんのお父さんもお母さんも死ぬことはなかった!」
「……え」
「……私が悪いんです。私が……私が竜也さんに会いたいなんて願わなければ、こんなことにはならなかったんです……」
それでも堪えられなかったのか、その目からポロポロと透明な液体がこぼれ落ちていく。
涙を流しながら、早苗はごめんなさいと言い続ける。
「……早苗さん」
竜也はどうすればいいのか、何を言えばいいのかわからず、動きが止まる。
暫く静寂が続いた後、竜也がゆっくりと口を開いた。
「……いやー、早苗さんもそう思ってくれたのかー」
「……へ?」
「いやさ、さっきの聞いてる感じだと早苗さんも俺に会いたいって思ってくれたんでしょ? 別の所に行っちゃってもそう思っていてくれたなら嬉しいなーって」
その場の空気に合わない笑みを、竜也は浮かべる。作り笑いなどではなく、本当に嬉しく思っている笑みだった。
「……なんで、なんでここでそんな顔をできるんですか? だって私のせいで!」
「……早苗さんのせいじゃないし、俺だって早苗さんたちに会いたいって願ったんだから一緒だよ」
竜也は早苗の所に近づき、その頭に触れる。
「それに、俺たちは悪くない。悪いのは、人の願いを勝手に曲解して見て、それを実際に実行してしまうあの人だ」
竜也の手は暖かく、撫でる動作はとても優しかった。
それに比例するかのように、竜也の声に怒りが籠っていく。
「……まあでも、だからと言ってどうすることもできないですけどね。暴走してた俺をボコボコにした人が『勝てる奴はいない』って断言するくらいですから、俺が何かをしても無駄でしょうね」
「……あの」
早苗は竜也に頭を撫でられ、顔を真っ赤にしたまま言う。
「そのことなら、私にも考えがあります。その神様を、倒す方法が」
「……本当に?」
「だてに生まれた時から神様と一緒にいませんから。神のことなら良く知っていますよ」
早苗は竜也の耳元で、神を倒す方法を囁く。
それを聞いた竜也は、心の底から感心して早苗を見た。早苗は自信を持ってこれならいけると答える。
風祝の少女と龍神の少年は、すぐさまに行動を開始する。
今夜は、眠れない夜になりそうだった。




