紫色の魔女
魔理沙と別れて一人歩いていると、また知り合いを見つけた。
いや、知り合いと呼ぶのは少し違うかもしれない。なぜなら、その人とは一度会ったきりだからだ。
「ほらほら見ていってー! これがあれば多少は身の安全が確保できるよー」
客を呼び込む少女の元へ、竜也は近づいていく。少女もこちらに気づいたらしく、にこりと笑って手招きする。
「久しぶり、というほどでもないか」
外の世界でパワーストーンを売っていた少女は、幻想郷でも変わらず石を売っていた。
「……何でこっちにいるんですか?」
「見た目でわからない? ほら、どっからどう見ても魔女でしょ?」
そう言った少女の着ているのは紫のローブ。確かに魔女に見えないことはない。のだが、
「ハロウィンでテンション上がった人にしか見えないんですよね……」
「えー? 私正真正銘の魔女だよ」
そう言いながら少女は人差し指を上に向ける。ボウッと、小さな火が現れる。
「まあ、幻想郷の魔女とはちょっと違うけど、それでも私は魔女。幻想の存在が幻想郷にいることは別に不思議じゃないでしょ?」
少女は石の一つを手に取り竜也に渡す。紫の石、というか宝石は光を発している。
「そういえばまだ名前を言ってなかったね。私はジュリア・ウィズダムです。日本人じゃないけど日本語ペラペラだから気にしないでね」
「気にしようにも日本語以外無理なんですけど……」
「お兄さんはほんと一般人だねぇ。これで龍神に気に入られなければ平穏に暮らせたでしょうに」
「いやまあ、あははは……って、え?」
ジュリアから龍神の単語が出てきて驚く竜也。そんな竜也を見てジュリアはケラケラと笑う。
「その石を渡したのはだーれだ?」
「……あ」
竜也は首にかけてあった勾玉を手に取る。そういえば、これを渡された時にこんなことを言っていた気がする。
『人でいたいなら、外しては駄目よ』
「思い出した?」
ジュリアは勾玉を指差し、竜也を馬鹿にするように笑う。
「……あの、一ついいですか?」
「なに?」
「……この勾玉って、龍神の力を抑えつける効果があるんですか?」
「まあ、そんな感じね」
「これがあっても、結局龍神の力が暴れちゃったんですが……」
「…………え?」
「いや、だからこれうおわっ!?」
竜也の言葉に驚いたジュリアは勾玉を手元に引き寄せる。その結果竜也も一緒に引き寄せられ、顔がすごい近い。
「あ、あのー?」
「(……もう傷が入ってる。まさかここまで……)」
「き、傷ですか?」
竜也も勾玉を見てみるが、見たところ傷はないように見える。のだがジュリアは勾玉を見たまま「マズイ……ほんとにマズイ……」とか呟いている。
そこへ、
「あー! 竜也さん何してるんですか!?」
少し離れた所から早苗の声が聞こえてきた。なんだか焦ってるように聞こえる。
まあ、早苗から見れば知らない少女が竜也を引き寄せてキスしようとしているように見えるのだろう。
ジュリアはこっちに近づいてくる早苗を見つけ、困ったように笑う。
「あーあ、もうちょっとお話したかったけど……」
勾玉から手を離し、あっという間に荷物を纏め、片手を上げてジュリアは言う。
「ごめん、夜にでも会いに行くから」
そのままジュリアは走り去っていく。そしてジュリアがいた場所を埋めるように早苗がやって来る。
「竜也さん、今の誰ですか!? というかなんであの状況に!?」
「ちょ、待って早苗さん! よく分からないですけどとりあえず落ち着いてください!」
掴みかかってきそうな早苗の手を両手で制しながら、竜也はジュリアの行った方を見る。
人混みに紛れて、既にジュリアの姿は消えていた。
「あー、マズイなぁ」
人混みの隙間を通り抜けながら、ジュリアは呟く。
それなりに大きい荷物を持っているのにも関わらず、彼女は誰かにぶつかることなくスイスイと進んでいく。
「……どうするかなー」
「何を悩んでんだ?」
世界が、黒く染まった。
「!?」
ジュリアは足を止め、懐から幾つもの宝石を取り出す。
さっきまで沢山の人や妖怪がいたのに、全員消えている。今いるのは場所は里ではなく、どこまでも黒一色の何処かだ。
ジュリアの目の前に、黒スーツを着た男が杖を支えにして立っていた。光源などないはずなのに、男の姿は何故か普通に見えた。
「よう外来人。いや、ここはあえて『魔女』って言ってあげよう」
「……誰?」
「神波蒼。誰かの真似しかできない人間だよ」
カツンッ、と杖が地面を叩く。
「んで、用件はわかってるよな? ……よくもまあ邪魔してくれたな。テメエみたいな下等がいるべき場所じゃねえんだぞ」
「……別に、邪魔したくてしたわけじゃないよ。ただ、好きな人に会いたがっていた人の願いを叶えてあげただけ」
「ふーん? まあ嫌いじゃないけど……」
轟ッ!! と蒼の背後に七つの炎が現れた。赤色や水色などの炎は蒼の周りをグルグルと回る。
「大蛇に頼まれちゃったし、仕方ないんだ。悪いけど、七界の炎に焼き尽くせれてくれや」
ゴッ!! という音が世界を満たした。
勝敗は、一瞬で決した。