祭りの前夜
結局何をするのでもなく、竜也たちは守矢神社に戻ってきていた。
時間はもう夕方の六時頃。ちょうどお腹が空いてくる時間だ。
「……まあ、考えてもどうしようもないわね」
ポツリと、諏訪子が言い聞かせるように呟く。
「とりあえず私ご飯作ってくるからさ、神奈子は鏡引っ張り出しときなよ」
「そうね。どうせ鏡を取りに来るんだから、その時に話を聞けばいいわ」
二人はそんな会話をしながら、ちらりと部屋の中を覗き見る。
部屋の中で、竜也は横になっていた。
別に体調が悪いわけではない。ただ疲れて眠っているだけだ。
今日は色々あった。疲れてしまうのも仕方ないだろう。
因みに早苗は竜也の横で何やら膝と竜也の頭部を交互に見ているが、特に行動を起こしたりはしていない。
二人は「さっさと動け」といった言葉をテレパシー的なもので早苗の頭に直接ぶち込みながら各自動き出す。
と、そこで玄関の方で何やら音がしてきた。具体的には玄関に向かって何かをぶん投げたような音。
神奈子は玄関に行き、そこにあったものを拾い上げる。
「新聞? ……あー、まああの騒動ならすぐに新聞にされるわね」
そんなことを呟きながら新聞の一面を見るが、予想に反して山の騒動は記事にされていなかった。
代わりに、
「諏訪子」
「なにー?」
「祭りが明日から行われるらしいわ」
「ふーん……って、え?」
台所から顔を出す諏訪子に向かって、神奈子は新聞を渡す。
「『明日、龍神祭決行決行! 吸血鬼や亡霊も集結!』とか書かれてるけど、彼女たちは来るのかしら?」
ここは、幻想郷。に似て異なる場所。
見た目は幻想郷と何も変わらない。ただ、色が薄かった。全体的に白黒で、さらには生物がほとんど存在しなかった。
そんな場所の、色を持った一人が溜め息を吐く。
「……たがら言ったんッスよ、壊れるって」
パーカーを着た少年は、目の前にいるブラウスにスカートの眼鏡少女に向かってそう言った。のだが本人はえへへと笑うのみ。
「どうするんッスか、どうするんッスか!? 今は結界があるからまだいいッスけど、このままだと幻想郷に思いっきり思いっきり影響出るッスよ!? 具体的に何が起こるかはわからないッスけど下手しなくても幻想郷に火の雨が降る可能性がありありなんッスよ!?」
「えへへ、元気入れすぎちゃった」
「そんな全てを許されそうな笑顔で言わないでくださあああああああああいッスっ!!」
そんな風に叫ぶパーカー少年から離れた場所にいる作業服の少女は紙を見ながらブツブツと呟く。
「ふんふん、うーんなるほど。作るのに二ヶ月はかかるのに結界は一ヶ月ほどしかもたない、と。……詰んでるよこれ」
その側で紙を横から見ていたセーラー服少女は言う。
「大丈夫ですよ! 多分……」
「真菜、こういう時に嘘つき能力使わないよね。そもそも柚が力を入れすぎたのは貴女の嘘のせいなのに」
「え? あの時私は嘘言ってませんよ?」
「……あれ、そうだっけ? ごめん」
「嘘ですけどね」
「ちぇい」
「ハンマー!?」
ゴンッ! と鈍い音が響いた。
そんな四人を見ていた、割とボロボロの少年は一言。
「……あのさ、お前ら少しは気にしてくれない? 俺! 今! 現在進行形で戦闘中! しかもかなり手強い! ぶっちゃけ向こうが手負いじゃなかったら速攻で負けるレベル! つーかお前らこの騒音の中よく普通に喋れるな!?」
少年の言う通り、今も轟音が炸裂していた。硬いものがぶつかり合い、炎が爆発し、空気が裂ける。ゲームセンターや工場の比ではない騒音なのだが、四人は一切気に留めていない。
「……こっちだって、お前が全力なら一瞬でやられてるつーの」
そんな台詞が聞こえてくる。対して少年はそれを言った男に問いかける。
「てかなんであんたは俺らの邪魔に来るんだよ。俺らなんかした?」
「そういうお前も、なんでそんな必死になるんだ?」
男は、元は少年に問う。
「……そんなに大事か、復讐は」
元の問いに、少年は笑って答えた。
「うふふ」
里では沢山の人間や妖怪が、明日の祭りに向けて準備をしていた。
といっても既に準備は殆ど終わっていたので、後は機材を設置するくらいだ。
「集えよ集え、力ある者たちよ」
そんな中、女性は呟く。
彼女に気づく者はいない。それどころか、彼女に触れられる者さえいない。彼女は誰にもぶつかることなく、里を歩いていた。
「我は想いの塊なり」
彼女の周りに光が集まる。
「我は届かぬ想いを叶える神なり」
クルリとその場で回転すると、光は一つの球となった。
「我に名はなし。故に我は万物なり」
球を手に取り、女性は呟く。
「さあ、宴を始めよう。想い集いし、叶わぬ願いが集う、祭りを」
龍神祭が、始まろうとしていた。
幻想郷の人間妖怪の殆どが、何が起こるかを知らないまま。




