冗談では済まない
「……神奈子様、諏訪子様」
「耐えなさい早苗」
「今動いても竜也は助けられないよ」
早苗達三人は客間にいた。彼女達の前にはお茶が置かれているのだが誰も口にしていない。
ここは、妖怪の山の山頂近くにある屋敷。
天狗の総大将、天魔が住んでいる場所だ。
あの後、天狗達に連行された早苗達はここへ連れてこられた。竜也とは途中で引き離され、屋敷の何処にいるのかも全く分かっていない。
「……何だってお前らこんな所にいるんだよ。竜也は何処だ?」
唐突に、声が聞こえてきた。元だ。
「何処にいるんですか⁉︎」
「何処って、ここ」
声はするのだが、元の姿が何処にも見えない。
「ですから何処ですか⁉︎」
「ここだってここ。お前から見て左側」
「左……?」
早苗は左に目をやるも、そこには誰もいない。神奈子も諏訪子も分からないといった感じに首を傾げている。
「だからここだって」
にゅるりと、蛇が顔を覗かせた。そのまま机の上へと登ってくる。
声は、その蛇からしてきていた。
「よっ。何だってお前らはここにいるんだ?」
「……首が七本ほど足りなくない?」
「疲れてんだよ。別に殺すだけなら簡単なんだけど、あの状態の竜也を抑え込むのは大変なんだぞ」
蛇、元はそう言いながらとぐろを巻く。
早苗としては蛇が目の前にいるという状況は少々落ち着かない。普段から蛇の髪飾りはしているが別段蛇が好きというわけではないのだ。
「んで、竜也は何処だ? 龍神のことについて説明しておきたいんだが」
「こっちが知りたいところよ。竜也とは途中で引き離されちゃったから」
「面倒だな。正直天狗共はともかく天魔に出張られてくると無理だし」
「おや? 私達のことはお忘れで?」
「……あぁそっかそっか。お前らも大概面倒だっけ」
「最後に本気出したのはいつだっけ?」
「百年単位だとは思うんだけどね。鈍ってないか心配だわ」
「あの、ていうか何で全面抗争が前提で話が進んでるんですか⁉︎」
早苗の言葉で三人はようやく気付いたらしく、わざとらしくゲフンと咳払いする。
「ま、まあ天魔だったらそんな酷い目に合わせてるということはないと思うわよ」
「あぁそっか。神奈子は何度も天魔と会ってるんだっけ」
「そういうことよ。……でもまぁ、この場合別の問題もあるんだけどね」
「問題、ですか?」
早苗の問いに、神奈子は楽しそうな笑みを浮かべながら答える。
「女性の私から見てもかなり魅力的な見た目だからねぇ。もしかしたら竜也もコロッといっちゃうか――」
ダッ‼︎ と早苗がものすごい勢いで部屋から出て行った。
部屋の外から「ちょ、ちょっと貴女! おとなしく部屋で待っててくださいって!」「竜也さんはどこですか⁉︎ 奇跡の力で山割っちゃいますよ‼︎」といった騒ぎ声が聞こえてくる。
笑みを顔に浮かべたまま器用に固まった神奈子に、二人は言ってやる。
「「冗談じゃすまないから」」
人間の里では未だ話し合いが行われていた。祭りをこのまま行うか、異変を解決してからやるかを。
本来なら今日には既に祭りが始まっていた筈なのだが、この話し合いのせいで結局延期になってしまっているのだ。
さらに言えば話し合いは本当ならばもう済んでいたはずなのだ。話し合いが延びた理由は、妖怪の山で起きた騒ぎだ。
始めは山の方が騒がしいな程度にしか皆思っていなかった。
だが里からでもわかる程に山が削り取られているのが見えてから話の流れが変わってきた。鴉天狗の数人が早速新聞を持ってきたのも理由の一つだろう。
新聞は相変わらず憶測や嘘だらけの酷い物だったが、どれも共通して強大な力を持った誰かが山で暴れたということが書かれていた。
その話を聞いた延期を主張する側が、「やっぱり何かが起きているんだ。この問題を解決せずに祭りなんてやるべきではない」と言いだし、何人も賛同者が出てきたのだ。
結局、膠着状態となってしまった。このままだと話し合いは何日も続くだろうと誰もが思っていた。
そこに、一人の女性がこんな提案をしてきた。
「人間妖怪問わずに、力を持った方々を呼んでみてはどうでしょうか」
龍神祭には沢山の人や妖怪がやってくるが、一部の力ある妖怪達は来ていなかった。彼女は、その妖怪達を祭りに来てもらおうと言っているのだ。
その提案に、誰かが賛同した。
誰かが賛同し、それに流されて誰かが賛同し、いつの間にか里の人間の殆どが賛同していた。賛同者の中には、延期を主張していた人もいた。
結論は出され、早速里の人間達は危険を顧みずに妖怪がいる場所へと向かった。
「――さあいらっしゃい皆」
女性は、笑う。
「皆の願い、この私が叶えてあげる」
幻想郷の破壊を、ね。




