青い少女
突然の迷子。
竜也の現状は正にそれだった。
華扇について行ったら、いつの間にか河にいた。意味がわからない。
「か、華扇さーん?」
とりあえず呼びかけてみる。しかし何の反応もない。
呼びかけながら竜也は河を下っていく。人の気配が一切しなかった。
竜也が今いる場所は垂直な岩壁に囲まれていた。崖はそれなりに高く、普通の人は登れそうにない。
竜也は崖の方を見て、呟く。
「登ってみるか」
竜也はデコボコした岩壁をよじ登る。持つところも足を置く場所もあるので比較的登りやすかった。
それでも、三十メートルはある崖を数十秒でスイスイと登っていくのは異常だが。
登ってみた先は森だった。傾斜がほとんどないので山とか違うようだった。
「ここ、どこだろ?」
とはいえここは幻想郷。竜也の知らない現象が起きても仕方がないことだ。
さてこれからどうしようかと竜也は何気なしに振り向いた。
そこには、赤く大きな手があった。
「え? わっ⁈」
ガシッと、その手は竜也の背中を掴み、宙に釣り上げて河の方へと運ぶ。UFOキャッチャーを彷彿させる動きだった。
「な、なに⁉︎」
ジタバタと暴れるのだがUFOキャッチャーと違ってアームの力は強かった。そもそも三十メートルの高さから落ちたら怪我するとかではなく死んでしまう。
諦めて人形のようにぐったりしているとアームはゆっくりと降下していく。
「やあ」
竜也の前に姿を現したのは、少女だ。全体的に青い少女。
というか、この前神社にいた少女だ。竜也のスマホをバラバラにした。
「ええと、河童さん?」
「河童だよ、河城にとり」
竜也を降ろすことなく、にとりは続ける。
「一昨日の物返しに来たのとちょっと忠告させてもらうために捕まえさせてもらったよ」
「スマホですか?」
「うん、そのすまほのことだよ。一昨日はごめんね、熱中すると周りが見えないもので」
言葉では謝っているが、実際は特に悪いことをしたとは思っていないようだ。人間なんて適当に謝れば許してくれるとでも思ってるのだろう。
(・・・まあ、返してもらえればなんでもいいや)
そもそも竜也は普段スマホを使うことはない。だから戻ってきてもこなくても結構どうでもよかったのだ。
「はいこれ。変な機能は付けてないから」
「あ、どうも」
変な機能ってなんだ? と思いつつもスマホを受け取る。見た感じでは確かに魔改造はされてないようだ。
「それで忠告の方なんだけど、ここは妖怪の山だ。普通の人間が近づくには危ないからさっさと帰った方がいい」
「それはご親切にどうもありがとう。そろそろ降ろしてもらえませんか?」
「ああ、ごめんごめん」
謝りながらにとりはようやく竜也を降ろす。そしてすぐに何処かへと歩き去っていった。
「・・・とりあえず、一旦神社に戻ってみるかな」
再び崖を登り、竜也は神社を目指して歩き出す。
とはいえ、竜也は神社がどこら辺にあるのかを把握してない。だから探すのは神社ではない。
探すべきなのは、参道だ。神社があるのだから、参道が整備されているはずなのだ。
それでも大変なのは変わらないが、ただひたすら登るよりはマシのはずだ。
そう思いながら竜也は参道を探していたのだが、そこである物を見つけた。
木だ。根元から力づくで折られた木が竜也の目の前で倒れていた。
「・・・これって、あの時の」
嫌な汗がダラダラと流れてきた。頭には、あの時の記憶が流れる。
(そうだよ、なにチンタラ歩いてるんだよ俺! あの天狗がまた来る可能性もあるじゃないか!)
竜也には、目の前の木が何故か恐ろしく見えてきた。
(どうしよう。走って登った方が早いかな?)
そう思いつつも、既に身体は全力で走る準備をしていた。
ゴッ‼︎ と竜也の横を青白い何かが通った。
「・・・・・・え?」
後ろを振り返ると、木々が綺麗さっぱり消えていた。新たにできた道を、青い少女が二人走っていた。
「何やってんのそこの人間! さっさと走れ!」
「一大事だ〜!」
「いや、どうしたんですかいきなり⁉︎」
「いいから逃げて!『あれ』が来るよ!」
少女二人は竜也の横を通り抜けていく。竜也がどうするべきか迷ってると、『あれ』は姿を現した。
形は人に近い。だが全身がキュウリのようの緑色の鉄で出来た人間なんていない。
ロボット、という単語が竜也の頭に浮かんだ。
ただ一つ問題がある。ロボットが右手をこちらに向けてくるのはなぜだろう?
「やっばい⁉︎」
全速力で竜也は走り出し、足の遅い少女二人の手を掴み取る。
二人の手を強く握ったまま竜也は地面を蹴り高く跳んだ。
ゴッ‼︎ という音と共に視界が白く染まった。