普通
木々の隙間を縫って、竜也は華扇を追いかけていく。
最初は神社から里へと続く道を歩いていたはずなのだが、いつの間にか華扇は道から外れて歩いていた。
歩きやすい場所ではなかった。それなのに華扇は近所を歩くような気軽さでどんどん進んでいく。追いかけるのは少々面倒だった。
「あの、華扇さん」
追いかける途中で、竜也は気になったことを華扇に聞く。
「雷獣の雷には毒があるって言いましたよね? 華扇さんは平気なんですか?」
「平気ですよ。雷獣の毒にやられるような身体はしてませんので」
「そういうのって、努力で何とかなるものなんですか?」
「なりますよ。なんなら教えてあげましょうか?」
「そうですね。機会があれば是非教えてもらいたいものです」
そうやって雑談しながら歩いていると、単調な林の景色が終わった。
代わりに見えたのは、崖だ。軽く五十メートルは間が空いている。
一応橋はあるのだが、全く手入れをしてないのかボロボロだった。
「・・・・・・あの、華扇さん?」
華扇はさっさと歩いて橋へと向かっていた。どうも橋を使って渡るつもりらしい。
「華扇さん、あの、大丈夫なんですか?」
「何がですか?」
「いや、すごくボロボロな橋なんですが・・・・」
「大丈夫ですよ。この前うちの子も渡りましたが全然壊れませんでしたし」
そう言って華扇は橋に足をつけてトントンと叩く。竜也としては不安いっぱいなのだが『大丈夫』の言葉を信じておく。
ちなみに竜也は知る由もないが、華扇が言った『うちの子』とは虎のことであったりする。
竜也は恐る恐る橋に足を着け、慎重に歩いていく。華扇はそんな竜也を見て笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ほら」
華扇は橋の上でぴょんぴょんと跳ねる。橋は突然崩れ落ちたりせず、しっかりと華扇を受け止めていた。
「わ、わかりました! わかりましたから止めてください‼︎」
竜也からすれば心臓に悪いので本当に止めてほしかった。
幸いにも竜也の願いは叶えられた。華扇は跳ねるのを止めて歩き出す。
心の底から安心した竜也は何気なしに一歩を踏み出す。
バギッ‼︎ と、橋が壊れる音がした。
音源は、竜也の後ろ。
竜也は壊れかけの人形のように、ゆっくりと後ろを向く。
橋が、円形状に切り抜かれていた。
まるで、何か球体で撃ち抜かれたかのように。
「・・・・・・・・・・」
ペキッと、新たな崩壊の音が聞こえた。
「わわっ⁉︎」
竜也はさっきまでの慎重さを投げ捨てて全力で走り出す。
が、竜也が走り出して一秒と経たずに、橋は限界を迎えた。
バキバキバキッ‼︎‼︎‼︎ という音が連続し、橋が崩れ落ちていく。
まだ竜也は橋の半分までしか来ていない。残り、約二十五メートル。
「っ‼︎」
竜也は走りきるのを諦め、その場で力強く橋を蹴る。
ダンッ‼︎‼︎ という音が聞こえたのと同時に、橋は完全に崩れた。
だが、足りない。華扇がいる所まで、後十メートルほどだ。
(落ちっ⁉︎)
「竜也‼︎」
華扇の声が聞こえた。しかし竜也は空を飛んだりなど出来ないのでどうしようもなかった。
と、そこで突然、誰かが竜也の腕を掴んだ。竜也は落ちることなく、空に浮く。
「た、助かった・・・」
竜也は助けてくれた人にお礼を言おうと思い振り向く。
「・・・・え?」
そこには、誰もいなかった。
腕を掴んでいるのは、包帯だ。包帯が人の手の形になり、それが竜也を宙に留ませていた。
ゆっくりと、竜也はその手に華扇の下へと連れて行かれる。
よくよく見ると、華扇の包帯に包まれていた右腕。手首から先の部分がなくなっていた。
「危なかったですね」
華扇のそこ言葉で、竜也はようやく華扇が助けてくれたのだと気付いた。
しっかりと地面に足を着け、竜也は華扇に礼を述べる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、大したことはしてませんので。・・・しかし、随分と身体能力が高いんですね」
「え?」
わからず竜也はキョトンとしていると、華扇がさっき橋があった辺りを指差す。
「助走もほとんどなしに十五メートルは跳んでましたよ?」
「? それって、『普通』ですよね?」
「え?」
「もうちょっと助走があれば華扇さんの助けがなくても良かったんですが・・・。俺の判断が遅すぎましたね。精進します」
「いや、あの?」
華扇の戸惑いに、竜也は気付いていない。
「それじゃあ、行きましょうか」
「・・・・・そうですね」
疑問を飲み込み、華扇は歩き出す。
その後ろを、竜也は付いて行った。