竜と竜
目が覚めると、真っ黒な場所にいた。
「…………」
竜也の目の前には、巨大な鏡があった。二十階建てのビルよりも高いんじゃないかと竜也は思う。
何気なしに鏡に一歩近付くと、鏡に竜也が映った。ただし、若干黒色の。
鏡に更に一歩近付く。鏡の竜也が笑った気がした。
もう一歩。鏡の竜也は右手を掲げる。
「…………」
竜也も手を掲げ、更に一歩踏み出そうとしたその瞬間。
ピシッ! と鏡に亀裂が走った。
「まだ早いよ。加賀竜也」
亀裂が増え続け、最後には音もなく鏡は砕け散る。
「もう少し、平穏を」
女性の声が聞こえた。ような気がした。
誰? と竜也は問いかけようとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。
「ここにいたかくそガキ」
今度は男の声。怒りを含んだ、恐ろしい声だった。
バギィィィッッッ!!と、何かが壊れる音が、竜也の鼓膜を叩いた。
「っ!?」
勢いよく起き上がる。荒い息をしながら周りを見回す。
竜也が今いるのは小さな部屋だった。布団が敷かれていて、そこに寝かされていた。
「えーと。そうだ確かお酒飲まされて……」
呼吸が少しずつ落ち着いてきて、現状を把握できるようになってくる。
今の正確な時間は分からないが、まだ太陽が顔を出したばかりのようなので五時くらいだろう。
「いつもの習慣で目が覚めちゃったか」
立ち上がって適当に身体を動かして眠気を消し、布団を片付け、日課をこなすために移動する。
「……?」
視線を感じ、竜也は振り返る。だがそこには誰もいない。視線も消えている。
更に言えば、なんだか夢も見た気がしたのだが……。
「……まあいいか」
日課と言っても、やることは一つしかない。型という、一人でやる空手の練習形式だ。
とはいえ別に竜也は空手家ではない。単に身体を動かすのにこれが一番良かっただけだ。
それに、竜也はスポーツクラブに入っても三日しかいない。
別に三日坊主というわけではなく、竜也が三日もあればほとんどの技を身につけ、教えてくれた人をフルボッコにするくらい実力を付けてしまうからだ。
空手や柔道や剣道、テニスや野球なんかも全て三日で実力を身につけて、そして終わる。
絵を描き始めた時もあっという間に上手くなった。一枚にかける時間が関係していたのか三日坊主になることはなかったが、そのうち飽きるだろうと竜也は思っていた。
なんだかんだで三年と半年近く絵を描いているが。
(……といっても、一年間は早苗さん達を、二年ほどは延々とあの神社から見える絵を描いていたし、腕が上がるわけないけどね)
……それでも充分賞を取れるレベルではあるのだが、比較対象がないため竜也が気づくことはない。
竜也がいるのは神社の裏手だ。そこは少し庭のようになっていて、竜也が動き回るには充分な広さがあった。
「ふう。本当は走りたいんだけど……迷子になっても困るし」
「それにここには怖ーい天狗もいるしな」
独り言に、応える誰かがいた。
驚きながらも竜也は声がした方へ振り向く。
そこには一人の男がいた。緑色の髪に、左眼に眼帯をしている。『闘争!』と書かれた黒シャツに青のジーンズを穿いている。
「ども、竜峰流ていう名前の旅人だ。お前の名前は?」
「加賀竜也です、流さん」
「おお、お前も名前に『竜』があるのか!仲良くしよーぜ竜也」
ヘラヘラと笑う流を見て、竜也は別のことを思う。
ああ、この人には勝てないな、と。
何に、とは思わない。何をしても、勝てない。そう思わせる何かが流にはあった。
「あの、天狗って……?」
「知らないか? 天狗と言っても鼻が長かったりはねえぞ。つーかどいつもこいつも美少女って言えるレベルの容姿をしてる―――まあ幻想郷に美少女と言えない奴もいないんだけどな。外の世界じゃあ美少女は幻想なのか?」
「そんなわけはないんですけどね……」
答えながらも竜也は幻想郷に来たばかりの時のことを思い出す。
天狗、というとあの風の塊を竜也にぶつけて来たあの少女のことだろう。しかもわざわざ『天狗』と種族で呼んだ辺り、あの少女と同じようなのが沢山いるのだ。
(も、戻らないと! 見つかるとまた襲いかかれるかもしれない!)
「ああ襲われることはねえぞ」
そんな竜也の思考を流は断ち切る。
「まあこの山のパワーバランスの問題なんだが……ここにいるなり神社の誰かと一緒なら襲われることはまずない。そもそも天狗って面子を気にするから今頃お前を襲った奴は謹慎でもくらってるんじゃないのか?」
その言葉に竜也は少し安心する。何気にあの出来事はトラウマになっていた。
「そんなことよりだなぁ」
流は竜也の首に腕を回してくる。腕にそこまで筋肉が付いてるような感じはしなかった。
「お前さっき空手の型やってたろ? つまり少しはやれるんだよな」
「な、何をですか?」
「決まってんだろ竜也よぉ。……あ?」
流は竜也の眼を見て怪訝な顔をする。竜也は何も分からず固まるしかない。
「……順番が変わってる?」
「順番?」
「…………まあいいか。俺にゃあ関係ねえし」
流は首から腕を離し、そのまま三歩ほど後ろに下がる。
「今は分からねえだろうけど教えておいてやる。自我を保つのに一番良いのは、自分の大切な人を思い浮かべることだ」
「あの、それはどういう……」
流は何も言わず、ニヤリと笑う。
その直後、轟っ!! と竜巻が生じた。
思わず顔を腕で隠し、竜巻が消えた時には、流はいなくなっていた。




