第二話 鉄の軍団
「なあ恋太。オルディックロボのパーツってどこに売ってあるか知ってるか?」
翌日の朝、教室で顔を合わせるなり英俊は酒井にそう聞いた。
「ん? 普通にオルディックセンターに売ってあるけど…お前やるのか?」
「ああ。おかしいか?」
「いや、昨日ホラ…不機嫌そうに帰ったじゃないか」
「気が変わったんだ。家に残っていたパーツは全部専用パーツだったから装着することが出来なかったんだよ」
「そうなのか。まあ放課後にセンターに行こうぜ」
酒井は嬉しそうに笑った。一番の友人である英俊がようやくオルディックロボに興味を持ってくれた事が嬉しかったのだ。
「…」
その二人の会話を盗み聞きしていたのはつい昨日英俊に負けた堀村だった。
「それでどんなパーツが欲しいんだ?」
昼休みに二人は学校の敷地内に設けられたオルディックファイトのリングが五台設置されているオルディックロボクラブに来ていた。酒井はこのクラブの会員であり、優先的にリングを使うことが許されていた。
会員になるには年三千円の会員費とここでの対戦が三十を超えているという条件があるため英俊がすぐになれるものではない。
「脚部と頭部のパーツだ。外付けのパーツが欲しい。肩部と左腕はロックされた武装がついていてその武装は取り外せないからその二か所には武装を装着できないみたいなんだよ」
オルディックロボの武装には二つの種類がありオルディックロボに最初から内臓されている武装と後から個人でカスタマイズすることの出来る外付けの武装に分かれている。それらは同時に着ける事が出来るが重量が増し、バランスや機動性が落ちる他にコンセプトの崩壊に繋がるためあまり好まれてはいない。
「合計三つの武装か…。けど一撃でライフ七〇〇持ってく武装あるから相手への足止め系の武装で大丈夫だよな?」
「そうだな。頭には一応中距離のバルカンで脚部に地雷とか粘着弾の武装を着けておきたい」
「…それなら余っているかも知れないな。ちょっと待っててくれ」
そう言って酒井は部屋の奥にある段ボール箱を引っ張り出してきた。中には多種多様なオルディックロボのパーツが入っていた。
「先輩達が卒業の際においていったり、壊れたから廃棄していったパーツだ。中にはまだ動く奴もあるし、たまーにレアものが眠っている。ちょっと探してみてくれ」
「分かった」
英俊はそのダンボールを机の上に移動させて中を漁り始めた。
「マスター非常に言いにくいのですが…私の頭部パーツは特別なので外付けのパーツで適合する奴は無いと思いますよ」
ポケットの中に収納状態でいれていたはずのエルダー・ワンが勝手に展開し机の上に飛び乗った。
「そうなのか…。なら脚部パーツだけでも手に入れておくか。そっちは大丈夫なんだろう?」
「ええ。古之勇樹は脚部の設計は私達の物を丸々トレースして最初のオルディックロボを作ったので適合する物は多いはずです」
「そうか…なら大丈夫そうか」
それから十分ほどかけて英俊は四つの使用可能な脚部パーツを見つけ出した。
「これがどういうものか分かるか?」
「…その赤いのは脚部ミサイル。青いのは水中用の魚雷。黄色と黒の物は短距離で分裂する炸裂弾。最後の白いのは補助バーニアですね」
「水中のステージで戦うことはないだろうからこれはいらないな。バーニアも片方だけだから役に立たないだろう。ミサイルと炸裂弾を着けるのがいいか」
「けどこの二つは重さがばらけているせいでバランス性が落ちますよ」
ミサイルの重さは一二なのに対して炸裂弾は四と三分の一の重さしかなかった。これでは片方に重心が偏り、バランスが失われる。中にはその偏りを利用した戦い方をする者もいるがその難易度は高いため使用者は少ない。
「どうだ? 何かいいのは見つかったか?」
「使えそうな奴はあったが重さのバランスが駄目だ。後は壊れていて使い物にならない」
「そうか…まあ期待していなかったからそんな物だよな」
酒井は英俊が選別したパーツを見た。どれもこれも数年前の型落ちしたパーツであり、満足に動くかさえ疑わしい物だった。
「頭部のパーツはどうした? 大量に余ってると思うんだが…」
頭部のパーツはレーダーのような補助パーツが多く、途中からそれを外して攻撃に転じる者が多いため攻撃能力を持たない補助パーツの多くは廃棄される事が多い。
「いや…それがこいつの頭部は特別らしいからこの中には合う奴がないみたいなんだ」
「そうか…。たしかにその星形の帽子に合う奴はあんまりなさそうだな」
エルダー・ワンの頭部についている星形の帽子は既存のオルディックロボには一切受け継がれていない独特の物であるため、互換性のあるパーツはまず存在していないだろう。
「どうする? バランスの悪い奴を着けて俺と適当に戦ってみるか?」
「いや、壊れる可能性があるから止めておくよ」
「そうか…センターのカタログをお前の携帯に送っておくからそれを見て欲しいのを決めておいてくれ」
「ありがとう」
英俊はすぐに携帯を操作してメールに添付されていたパーツのカタログを見ることにした。
放課後英俊たちは昨日堀村と戦ったオルディックセンターに来ていた。目当てのパーツは昼休みと午後の授業中の間に決めており、すぐにそれを購入するとそれをエルダー・ワンの脚部に装着させた。
「どうだ? どこか違和感あるか?」
「いえ、ありませんね。二つのパーツの重量は合計で六しかありませんので機動性もそこまで落ちていません」
「よし、それじゃあ早速勝負しようぜ」
「ああ。そうしよう」
新たなパーツの具合を確かめようと英俊がリングに近づいたその時だった。ついさっきまで誰もいなかったはずのリングの前に一人の男が立っていたのだ。そしてその男は英俊の手に握られているエルダー・ワンに視線を注いでいた。
「誰だあんた? 今から俺達そこでファイトするつもりなんだけど…」
「私の名は桐山。お前、そのオルディックロボをどこで手に入れた?」
桐山と名乗った男はエルダー・ワンを指差した。
「何故…そんなことを聞く?」
「私は鉄の軍団に所属している。と言えば十分だろう?」
桐山の言葉に英俊の顔色が変わった。
「勝負だ。私が勝ったらそれを貰うぞ」
「おい! 何勝手なこと言ってるんだよ!」
「恋太、黙っていてくれ。この勝負逃げる訳にはいかない」
英俊は酒井の言葉を無視してエルダー・ワンを収納状態に戻してリングにセットした。
「いい覚悟だ」
桐山は白の多面体をリングにセットした。
「おい英俊本気なのか!?」
「ああ。こいつらは…俺の父さんとじいちゃんの仇だ」
英俊は椅子に座り、ヘッドギアを被った。
「その前にルール確認だ。ステージはランダム。互いの武装はシークレット。ライフは一〇〇〇で時間制限はなしだ」
「いいだろう。もし俺が勝ったらお前の組織に案内してもらうぞ」
『脳波リンク完了。ステージランダム選択中…』
電子音が響き、リングがその姿を変えた。平面でこの前堀村と戦ったベーシックステージに似ていたがブロック体には三角柱の物が混じっており、地面に移動するようなレールも引かれている。
『オルディックロボ転送。これよりオルディックファイトを開始します…。5,4,3,2,1…』
ゴング音が響き渡り、ファイトが始まった。
「オルディックロボ展開。命を刈り取れ! シルバー・ホーク!」
「オルディックロボ展開。叩きのめせ、エルダー・ワン!」
二つの多面体は変形し、それぞれ異なる形のオルディックロボとなった。
シルバー・ホークは名の通り、銀色の装甲を持つ鷹を模したオルディックロボで非常に軽量なボディを持ち、空中で二度までジャンプができる機体で機動性の高さはトップクラスであるが反面耐久性が低い他にも装着できるパーツの数に制限がかけられている。
「始まりの五体…その実力を見せてもらうぞ!」
桐山は空中ジャンプを駆使し、空高く飛び上がってエルダー・ワンを速攻で発見した。
「クワトロ・ボム」
シルバー・ホークは上空から左腕部に装着している四つの連続したボムを発射した。黒く中ぐらいの爆弾は白い尾を残しながら宙を飛び、途中で分裂してエルダー・ワンを取り囲むように四方に広がり地面に落下した。
「バリア起動!」
その爆風はエルダー・ワンの四方に出現したバリアによって防がれ、ダメージは発生しなかった。だがそのボムの目的は相手にダメージを与える物ではなく、相手の行動を制限するものだった。
「甘いわ!」
シルバー・ホークの両肩部と両脚部には加速用のブースターが取り付けられており、それを利用した速度は元々の機体の性能も相まって比肩する者がないまでの速度となっていた。そのため一瞬にしてシルバー・ホークはエルダー・ワンの側面に移動することができた。
「シルバー・ブレッド!」
右手をなくして腕そのものを砲口としている大口径のパーツから銀色の砲弾が放たれた。
「バリア!」
星形のバリアがその砲弾に反応し、盾としてエルダー・ワンの前に立ちはだかった。
「無駄だ」
「うわっ!」
だが、そのバリアはガラスの割れるような高い音を立てて粉々に砕け散った。しかしその犠牲は無意味ではなく、そのダメージを軽減することが出来ていた。
「クソッ!」
シルバー・ブレッドの直撃を受けた英俊は一〇ほど吹き飛んだがすぐに持ち直し、脚部のバーツをシルバー・ホークに向かって撃とうとしたのだがシルバー・ホークは先ほどの砲撃を放った反動によって吹き飛び、既に射程外にいた。
「エルダー・サイン」
英俊は反射的にエルダー・サインを起動させ、腕部のブースターを利用した高速移動で桐山を追いかけた。
「遅い」
だがその高速移動さえシルバー・ホークの速度は上回り、直進しかできないエルダー・ワンの背後に回り込んだ。
「スタン・ミサイル!」
英俊はブースターを消して反転すると右脚部に装着している青色のミサイルを発射した。そのミサイルはホーミング性がない代わりに速度が極めて早い物なのだが桐山はブースターの出力を調整し大きく方向転換してそのミサイルをかわした。
「そんな馬鹿な!」
英俊は驚愕し、大声を上げた。
「遅い、遅いんだよ」
シルバー・ホークは速度を保ったまま英俊に接近し、右腕をエルダー・ワンに向けた。
「シルバー・ブレッド!」
再び銀色の砲弾が英俊に向かって放たれた。速度、威力共に最高クラスのその砲弾を前に英俊はエルダー・サインを起動させた。だが右腕の方向はその砲弾に向けられておらず、すぐ右を向いていた。
「エルダー・サイン!」
ブースターが点火し、その推進力を利用して英俊はシルバー・ブレッドを回避することが出来た。だが、短時間に二回も使用したせいで今から二十秒間冷却のために使用が不可能になってしまった。
「また吹き飛びやがって…」
英俊は相手が砲撃で硬直する隙にスタン・ミサイルを打ち込もうと思ったのだがシルバー・ホークは反動によって後退しており、射程圏の外にいた。
「反動によるヒットアンド・アウェイとかせこい真似しやがって」
浩介は毒を吐きながらエルダー・サインの放熱が完了するまでの間、相手の攻撃を防ぐために相手からの攻撃される方向を制限するべく、壁際へと移動を開始した。
「壁に逃げるつもりか…。させるか!」
シルバー・ホークの右腕部に内蔵されている武装シルバー・ブレッドは高威力、高速度を誇るが射程が異常なまでに短く、エルダー・サインの表記上の射程とほとんど変わらなかった。
そのため敵に接触するぐらいにまで接近しなければまともにダメージを与えられず、砲弾は直線に飛ぶため来る方向が読まれてしまえば非常にかわされやすい攻撃だった。
それを克服するために両肩部と両脚部に装着された可変ブースターによる高速移動と驚異的な旋回力でその攻撃方向を読まれないようにしていたのだが壁際に移動されてしまえばその方向が三百六十度からその半分以下に制限される。
攻撃方向の制限は桐山にとって非常に困ることだった。それを防ぐためにブースターを起動し、エルダー・ワンを壁際に移動させまいと再び接近した。
「来やがったか!」
後方より接近してくるシルバー・ホークの機影を確認した浩介は舌打ちをしながらも走り続けた。あの機動力がある以上よほどの近距離でもなければこちらの攻撃は全て避けられるのが目に見えている。
だから壁際に移動し、相手の機動力を制限する必要がある。
互いの武装は分からないシークレット戦のためシルバー・ホークの武装の詳細は分からないが、三度の内二度の攻撃が同じ武装。それでいてその二回が非常に近い場所から行われたところを考えるに相手の武装は近接戦に特化したもので、その圧倒的火力に頼った物だと英俊は判断した。
「クワトロ・ボム」
後方からエルダー・ワンを取り囲むように分裂した四つの爆弾が落ちてくる。
「バリア!」
英俊はそれを避けようとはせず、バリアによって爆風を防ぐだけだった。結果として少しダメージを負ったがまだシルバー・ホークとの距離は十分にあり、目前に見えた壁にたどり着くことは不可能では無いように見えた。
「オプション起動“空の王者”」
このままではエルダー・ワンを止めることが無理だと判断した桐山は格機体が一つ有している固有の能力であるオプションを使用することにした。
オプションには常に機能する物と、使用者の意思によってそのON/OFFを決めることの出来る二種類がある。そして桐山のシルバー・ホークのオプションは後者の物だった。
オプションを起動するとシルバー・ホークは空高く舞い上がり、そして勢いよく急降下した。その際に装着されている四つのブースターが全て起動し、尋常ではない加速度を生み出し、地上にいるエルダー・ワンに向かって凄まじいスピードで迫った。
「バリア!」
英俊は逃げながらもバリアを起動させた。最初の一撃はバリアを打ち砕いた上にライフを二百近く持って行っていた。その威力はエルダー・サインに匹敵するだろう。
そんなものの直撃を受けてしまえば確実に負ける。何としてでも直撃は防がなければならなかった。
壁まで後一二。
だがシルバー・ホークはもう六までに近づいてきていた。
「貰ったぞ!」
シルバー・ホークは超高速で地面スレスレを飛行し、一直線にエルダー・ワンに向かいその右腕の武装の狙いを定めた。
「終わりだ!」
「そっちか!」
英俊は立ち止まり、バリアをシルバー・ホークの向かってくる方向に向けた。
だがそれは間違いだった。
「莫迦め」
シルバー・ホークの右肩部と右脚部に取り付けられたブースターが突然その出力を弱め、その機体を反転させてエルダー・ワンの右側へと回り込んだのだ。
「シルバー・ブレッド」
「バリ―」
英俊は咄嗟にその方向に向けてバリアを移動させようとしたが時すでに遅く、シルバー・ホークの右腕はエルダー・ワンの頭に向けられていた。
「終わりだ」
右腕と一体化した大口径の砲口から銀の弾丸が放たれる。
その威力は凄まじく、頭部にそれを受けたエルダー・ワンは勢いよく吹き飛び二〇ばかり飛んだ所でようやく地面に落ち二転三転してようやく止まった。
ダメージにして六三五。
頭部の装甲が機能してダメージを抑えられ、ライフがゼロになることはなかったが脳が再生した衝撃によって英俊は気絶したため勝敗は決まってしまった。