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第一話 始まりのロボット

矢沼英俊はオルディックロボが普及したこの世界においては珍しく、それを持っていなかった。今では大量生産が進み、一台一万円程度の値段に落ち着いてきたのにも関わらず彼がそれを持っていないのは彼が貧乏だからではない。

「なんでゲーム機はあそこにしかないんだろうか…」

英俊の向かう先は駅前のオルディックセンターであり、そこでは日々オルディックファイトが繰り広げられているのだが彼はそんな物に興味はなくその片隅に置かれているゲームマシンで遊ぶだけだった。

しかし一人で遊ぶわけではなく、友人の酒井恋太とそこで待ち合わせをしていた。いつもの様にセンターに入店したまでは良かったのだが最初に飛び込んできたのは怒声だった。

「てめえ! いい加減にしろよ!?」

ハスキーがかった独特の声、一見男を思わせる低い声だがその声の持ち主は男ではなく女で、英俊も良く知っている人物だった。堀村岬十六歳。英俊の通う赤牟高等学校の同級生であり、また一番の荒くれ者だった。

その堀村が絡んでいるのは英俊の友人である酒井だった。酒井は地面に尻餅をついて堀村を見上げていた。

「…?」

一体何があったのかを知るために英俊は二人のそばに近づいた。

「だーかーらー。お前は勝負に負けたんだ。さっさとロボットを寄越しな」

「そんな約束してねえぞ! 大体オルディックロボでの賭け事は禁止だろうが!」

人類の生活を豊かにしてきたオルディックロボだが負の面もあり、特にオルディックロボを使った違法賭博が近年増加しつつあり力に物を言わせた略奪行為が目立っていた。

「恋太! なにやっているんだ!」

「英俊…」

酒井は英俊の存在に気付くとその顔をますます苦しい物にした。

「あ? 何だお前は? どけ。今取り込み中だ」

「何が取り込み中だ。オルディックロボの賭け事は禁止されているはずだ。お前のやってることは犯罪行為だぞ」

「知らないな。ホラ寄越せ!」

堀村は英俊を突き飛ばすと酒井の手から青い正二十面体を奪い取った。それは収納状態のオルディックロボだった。

「てめえ! 返せ! それは恋太のだぞ!」

「ああ? こいつはオルディックファイトで手に入れた物だ。返して欲しかったらてめえ…オルディックファイトで取り返せよ」

「え?」

「取られた物を取り返すのなら同じ土俵に立てよ。それとも何だ? 尻尾巻いて逃げるのか?」

堀村は一八〇センチ近くある高さから英俊を見下ろした。

「んなこと言われても俺はロボットを持っていな―」

「嘘つくなよ。知ってるぞ。お前の家には一台あるんだろう?」

「っく…」

堀村の言う通り、英俊の家にはたった一台だけオルディックロボが存在していた。だがそれを英俊は一度たりとも起動したことがなく、それを使おうとも思った事はなかった。

「そいつを持ってこい。そのロボットとこいつのロボットを賭けて勝負だ。勝てれば返してやる。負ければお前のロボットを頂く。どうだ? 公平な勝負だろう?」

どうして堀村がそのオルディックロボの事を知っているのかが気になったが今は従うふりをするしかない。センターを出て警察に通報すれば一発だ。

「今から取りに行かせてやるがその間にチクってみろ。こいつのロボットは粉々だ」

「…」

英俊は歯ぎしりをすると携帯電話を酒井に投げ渡し、走り出した。

「逃げるんじゃねえぞ! 一時間以内に帰ってこなかってもこいつのロボットを壊すからな!」

このセンターから家までは走って三〇分程度の距離にある。一時間では往復するのにギリギリの距離だ。だからといってそんなことで諦める訳にはいかなかった。通りを歩く人の間を素早く駆け抜け、突き進む。横断歩道が変わるのなんて待っていられずとにかく走る。何度となく轢かれそうになったが無視して走り続ける事二〇分。英俊は家に帰ることが出来た。

鍵を開けて靴を乱暴に脱ぎ捨てて家に入る。邪魔な通学カバンも投げ捨て、今は使う人のいない祖父の部屋に入る。床の間の掛け軸を外して巧妙に隠された扉をスライドさせる。そこには液晶パネルが隠されており、そこに表示されている数字を正確に押す。

「1,4,7,8,9,6,3,7,4,1,2,3,7,4,1,6,8,2」

一八桁の数字を入力するとパネルに表示された文字が消滅し、小さな電子音を立ててパネルがスライドした。そのパネルの向こう側に隠されていたのはどこまでも黒い多面体だった。

英俊はそれを取り出すと掛け軸をかけなおさずに家を飛び出した。戸締りはオートロックだから気にすることはない。とにかく急がなければならなかった。


「逃げなかったのか。それでこそだ」

英俊は指定された時間に間に合った。だが全力疾走で体力は消耗しきっており、肩で大きく息を吸っていた。

「それで…持ってきたんだろうな?」

「ああ」

英俊は制服のポケットから黒い正二十面体の物体を取り出した。

「よし。それじゃあやるぞ」

堀村は三×三メートルばかりある巨大なテーブルに移動した。そのテーブルはオルディックファイトの際に使用される専用のリングであり、その中でオルディックロボ同士が戦いあう。

リングはリングでもボクシングなどの格闘技のような平坦な物ではなく傾斜が設けられているものや何百というパターンの障害物が配置されているものもあり、火力だけでなく隠密性や機動性も重要視される。

「ステージはベーシック。基本中の基本のステージだ」

堀村がテーブルのパネルを操作するとリングが動き、中から様々な形をしたブロック体が一五個ばかり出現した。ステージは傾斜のない平坦な物で障害物のブロック体も移動しない初心者が戦うには最適の場所だった。

「戦い方ぐらい覚えているよな?」

「ああ、知っている。先にライフをゼロにするか行動不能の状況に追い込む。それであっているよな?」

「そうだ。ライフは互いに一〇〇〇ポイント。制限時間はなしだ」

堀村はそう言うとパネルの横に設けられている窪みに自分の持っている赤い正二〇面体をはめ込んだ。電子音が響くと共にその多面体は筐体の中に飲み込まれた。

「さあ、お前もセットしろ」

言われるまでもなく英俊は同じように黒の多面体を窪みにはめ込み、筐体の中に取り込ませた。

「いくぜ!」

堀村はテーブルの前に設えられている椅子に座り、それに付属しているオルディックロボに脳波を送るためのヘッドギアを被った。

「やってやる!」

英俊もヘッドギアを被り、戦いの準備は整った。

『脳波リンク完了。オルディックロボ転送中…』

電子音のアナウンスが響くと共に、ステージの床が開き、その中からそれぞれの多面体が出現した。それと同時にヘッドギアから二人の目を覆うようにスクリーンが出現した。そこにオルディックロボについているカメラによる映像が映し出され、臨場感のある戦いが楽しめるのだ。

『転送終了。これよりオルディックファイトを開始します…。5,4,3,2,1…』

カーンとオルディックファイトの開始を告げるゴングの音が鳴り響いた。

「オルディックロボ展開! 来い! ロゼルタ・キャット!」

堀村が叫ぶと共に赤い多面体が赤い光に包まれ音を立てて多面体は変形し、赤と白を基調としたオルディックロボに変形した。

「俺の戦った時とは違う奴だ! 気をつけろ英俊!」

「こっちもやってやる。オルディックロボ展開!」

英俊が叫ぶと黒の多面体は光も音も発生させる事無く変形した。だがそれは今まで誰も見た事のないタイプの形をしていた。

「なんじゃこりゃ…」

酒井だけでなく、いつのまにか集まっていたギャラリーもどよめいた。

本来オルディックロボは人を模した形をしている。だが英俊の展開させたそのオルディックロボは異常な形をしていた。

黒い樽のような形をし、頭には星形の帽子のような物を被り、腕は五本もあった。

「なんだか不気味だが関係ねえ!」

堀村はその異常な形のオルディックロボを恐れる事無く障害物を避け、接近した。ロゼルタ・キャットはその名の通り、猫のようにすばしっこく今なおその後継機が生産されるほどの優れたロボットだった。

「キャッツ・バルカン!」

ロゼルタ・キャットの右腕に取り付けられているバルカンが火を噴いた。毎分百発の弾を発射する連射性に優れたバルカンで一発の威力こそ高くないが数に物を言わせ、ごり押しが可能だった。

「避けろ!」

酒井に言われるまでもなく英俊はそれを避けようとしたが何故か英俊のオルディックロボはピクリとも動かなかった。そのため、発射されたキャッツ・バルカンの弾が全て直撃し、大きくバランスを崩す事になった。

「うああああああ!」

脳波で操るためオルディックロボが受けたダメージを脳が自動的に再現し、その使用者も擬似的にダメージを受ける。そのため強烈なダメージを受けた場合には気絶することもあり、その場合は無条件で敗北することになる。

「その程度なのか?」

バルカンを全弾命中させ、余裕ができたのか堀村は追撃せずにブロック体の上に登って英俊のロボットを見下ろしていた。

「クソッ…動け! 動けよ! クソッたれが!」

英俊がいくら叫び、命令してもロボットは起き上がる気配すらなかった。

「興ざめだ…。おとなしく負けろ! このカスが!」

堀村は再びキャッツ・バルカンを発射した。いくら威力が低いとはいえ、二回も全弾命中を受けてしまったらライフは半分ぐらいになる。そうなれば勝利は絶望的だった。

「なんでだよ! 動け! このままじゃ負けちまうだろうが!」

英俊は叫んだがロボットは動かず、もうすぐ目の前にキャッツ・バルカンの第一射が迫って来ていた。状況はもはや絶望的だった。

「バリア起動」

そんな時に無機質な機械音が響いた。それは紛れもなく英俊のロボットから発せられた声だった。

「何だと!?」

次の瞬間に英俊のロボットの前に星形のバリアが出現し、それがキャッツ・バルカンの弾を防ぎだした。

「防衛プログラム起動…マスターデータ初期化中…完了。新たなマスターを検索…検索完了」

「何なんだ?」

次々と勝手に言葉をしゃべりだすオルディックロボに英俊は驚きを隠せなかった。対戦中は無駄なメモリを割かないためにオルディックロボは会話を制限されている。それなのにこのロボットはその制限を無視して言葉をしゃべり続けていた。

「新たなマスターに矢沼英俊を任命します。人工知能起動中…起動完了」

バリアを張ったままロボットは英俊を振り返る仕草を見せた。

「起動用のパスワードをお願いします」

「いきなり何なんだよ!?」

英俊は混乱した。オルディックロボの起動にパスワードなど存在せず、誰でもそれを使用してファイトを楽しむことができる。なのにこのロボットはパスワードを要求した。

「のんびりしている余裕なんかねえぞ! キャッツ・ボム!」

ロゼルタ・キャットの左腕から左右に弧を描く二つのボムが発射された。未だにキャッツ・バルカンは発射され続けており、それがバリアをその場所に足止めさせていた。そのバリアを避ける形でボムは回り込み、英俊のロボットを狙った。

「ピンポイントバリア起動」

ロボットの左右に小さな二つの星形バリアが出現した。そのバリアの出現した位置は弧を描いて迫って来るボムの着地地点にピタリと一致していた。

ドドーンと爆発が起こったがほとんどの衝撃はバリアに吸収され、減ったライフは僅かに三〇だった。

「嘘だろ…」

堀村は絶句し、攻撃の手を止めた。キャッツ・ボムは速度こそ遅いが堀村のロゼルタ・キャットの装備している武装の中で一番の攻撃力を持つ武器であり直撃すればキャッツ・バルカン一〇〇発分に相当する威力を持っていた。それなのにその二つでたった三〇ぽっちしかダメージを与えられなかった事に愕然とした。

「マスター。パスワードをお願いします。パスワードは私の名前です」

「…」

英俊の耳にロボットの言葉は届いていなかった。その代わりに英俊の頭の中に祖父の言葉が響いていた。

『このオルディックロボは儂が南極から持ち帰った内の一体なんだ。こいつのおかげで人間の化学は進化した。だけどこいつに似せるだけでこいつを作ることは今もまだ無理だ。だから儂はこいつの事をこう呼んでいる―――』

懐かしい祖父の言葉を今になって何故思い出すのかは不思議だったが英俊はその記憶の中にあった名前を叫んだ。

「お前の名前は…エルダー・ワンだ!」

「名称認識完了。変形シーケンス起動」

次の瞬間英俊のロボットエルダー・ワンが黒い光に包まれた。それはオルディックロボが多面体から展開する時に発生させる光に酷似した物だった。

「おお…」

辺りから感心した様な声が上がった。これでようやくまともなファイトが見れる。そういった期待に満ちた声だった。

「変形完了。エルダー・ワン起動します」

光が消えるとさっきまでの奇妙な形の物は消滅し、人型のオルディックロボが出現していた。全体的に黒と灰色を基調としているが頭部には黄色の星形の物が残っており、あの奇妙な物の面影は残っていた。

「ようやくまともな勝負になるか…」

堀村はブロック体から飛び降り、距離を取った。英俊のエルダー・ワンは初めて見る機体であり、その装備は未知だった。それにあのバリアがある以上まともに攻撃が通るとは思わなかった。

「武装パーツ確認…頭部―ロック中。肩部―ロック中。脚部―ロック中。左腕―ロック中。右腕解放―武器名エルダー・サイン」

「なんだと…」

オルディックロボには頭、肩、腕、脚の四か所に武装が装着できる。頭以外には片方ずつに別々の武装を装着できるが中には一対で一つの武装も存在している。しかし今現在エルダー・ワンに装備されている武装は右腕を除いて全てがロックされ、使用できる状態にはなかった。

「これでどうやって戦えばいいんだよ…」

データを確認してみると唯一使用できる右腕の武装は射程がたった二と極短の近接武装であるようだった。堀村のキャッツ・バルカンとキャッツ・ボムはそれぞれ五〇と三〇であり明らかに分が悪い。

極短の武装を使うのならば機体の性能をそれに特化した物にするか他の武装で補うのだが機体のステータスを見る限り全てのパラメータが平均より高い値であったがそれでも近接に特化した機体の性能には達していなかった。

「マスター。命令を」

「…こうなりゃやけだ! 突っ込むぞ!」

英俊はエルダー・ワンを動かし始めた。とにかく動作になれない事には堀村には勝てない。まずは威力を試すために目の前のブロック体に向かって武装を使ってみることにした。

「エルダー・サイン!」

エルダー・ワンの右腕に取り付けられた装甲が変形し、星形に変形すると黒の装甲が黄色く光輝いた。その光が最高潮になると肘付近に取り付けられていたブースターが点火し、高速の右ストレートとなってブロック体に直撃した。

その瞬間凄まじい轟音が響き渡った。

「すげえ…」

エルダー・サインのもたらした戦果に英俊は驚愕した。巨大なブロック体は粉々に破壊され、辺りにはその残骸が僅かに転がっているだけだった。

「おい…あのブロック体の耐久力っていくらだ?」

「さあ…すくなくとも三〇〇はあるはずだ」

「それを一撃で破壊するって半端ねえ…」

ギャラリーの声は装着しているヘッドギアによって遮られているため聞こえていないが、その威力を目の当たりにした堀村は冷や汗を垂らしていた。

「おいおい…何だ今の威力…こりゃちょっとあぶねえな」

今堀村がいるのは射程距離にしておよそ六〇の場所で両腕の武装は射程外の位置にあった。ブロック体に背中を着けてその様子を窺っていたのだが英俊の威力が半端ないことを目撃してしまい、焦りが生じた。

ロゼルタ・キャットは素早い動作だけでなくジャンプ力にも優れている。しかしその高速な動作を可能にするために、装甲が削られ非常に打たれ弱い機体だった。

「…近づかれたら一発だな」

堀村は覚悟を決めると隠れていたブロック体をよじ登り、エルダー・ワンの前にその姿をさらした。

「行くぞ!」

前報に跳躍してキャッツ・ボムを放つ。本来ならば三〇しかない射程だが高さの恩恵を受けてその射程を一〇ばかし伸ばす事が出来た。二つの弧を描くキャッツ・ボムは地面に落下すると同時に弾け、黒煙を巻き上げた。

堀村の着地地点は黒煙によって遮られ、英俊はそれを確認することはできずその場から動けなかった。そうやって堀村が姿を現すのを待っているとブロック体の陰から何かが飛び出し、英俊のすぐ近くに転がり落ちた。二つの三センチ程度の小さな丸い物体。

その物体は英俊が気付いたのとほぼ同時に爆発した。完全に想定外の攻撃だったが直前に出現したバリアのおかげでダメージは半分程度に抑えられた。

「ッチ…。また防がれたか」

相手のライフの状態は逐一知ることが出来るためその減少が微々たるものだったことを見て堀村は先ほどの攻撃がバリアによって防がれたことを知った。

「どうする…。こっちの攻撃はほとんど防がれる。ダメージを与えられても爆風による微小な物にすぎない。頭部の武装は攻撃用じゃないから脚部のを使うしかないか」

堀村は方針を固めると隠れていたブロック体から離れて、移動を開始した。

「そこか!」

ブロック体の隙間を通ったロゼルタ・キャットの姿を見つけた英俊はすぐにその後を追った。ブロック体の間を駆け抜け、左に曲がった瞬間だった。足元から強烈な光が発生し、一瞬にして爆音と黒煙がエルダー・ワンを包み込んだ。

「かかったな」

ライフの減り具合が普段通りな事を知って堀村は小さく笑った。今エルダー・ワンを襲ったのはロゼルタ・キャットの脚部武装であるステルス・マインである。名の通り、透明の地雷で踏めば一瞬にして爆発する。それをさきほど英俊の前に姿を見せた時に仕掛けておいたのだ。

威力は凶悪だが制約があり、同時に一つまでしかおけずまた自分が踏んでも作動し自爆するし、オルディックロボが踏まなくても衝撃が加われば爆発する。そのため置いた瞬間にそれを狙撃されれば大ダメージを受ける一種の両刃の剣でもあった。

「くそっ…のこりライフは半分を切ったか。それに左足のダメージがヤバい」

オルディックロボは一〇〇〇のライフを持っているが各部位にも個別のライフを持っており、一定以上のダメージを受けると機能が停止する。先程のステルス・マインを踏みつけた左足はそのダメージを直撃し、正常な動作が望めなくなっていた。

「せめてもう一つ武装が使えれば何とかなるのに…」

英俊は舌打ちし、足元を警戒しながら辺りを捜索し始めた。

「動いたか…」

堀村はブロック体の陰に隠れて頭部武装と肩部武装のみを動かしていた。頭部につけられた武装はキャッツ・イアーといい、ソナーのような働きをして敵の動向を探ることが出来る。肩部武装はツイン・カノンで砲弾を高く打ちあげて遮蔽物の陰から相手を狙い撃つ遠距離武装だ。これらの二つの武装は使用する間その場を動くことが出来ないという制約が共通するため合わせて使用されるのが一般的である。

キャッツ・イアーで英俊の移動を知った堀村はツイン・カノンの照準を英俊の移動先に合わせ始めた。移動速度を計算し、英俊の移動先を予想しそこに砲弾を撃ち込む。おそらくバリアで防がれるだろうが十回も当てればライフはゼロになるだろう。それに砲弾自体が直撃すればそれでダメージが発生するためもう少し少なくても大丈夫かもしれない。

堀村はそう考えながら照準を合わせ、ツイン・カノンを発射しようとした。だがその直前に轟音が響き渡り、目の前のブロック体が爆散しエルダー・ワンがすぐ目の前に出現した。

「んなっ!?」

それは全く予想外の出来事だった。英俊との距離は四〇ほどあり、それは直前までキャッツ・イアーでその位置を確認し、ツイン・カノンもそこに合わせていたため間違いはない。そもそも英俊の武装エルダー・サインは射程が二という極短の武装であり、遠距離攻撃などできるはずがなかった。

「クソッ!」

堀村は二つの武装を解除してキャッツ・バルカンを起動させた。エルダー・ワンとの距離はおよそ一〇。近距離ではキャッツ・ボムはその性質上相手を避けてしまうため使えない。だから今現在有効な武装はそれだけだった。

「バリア起動」

しかしそれはエルダー・ワンの目の前に発生したバリアによって防がれてしまった。

「クソッ…どうなってやがる…。あいつの武装は未だに右腕のみ。なのになぜ一気にこんなに距離を詰められた?」

堀村は四〇ものの距離をどうやって詰めたのかが分からず、ただバルカンを打ち続ける事しか出来なかった。

ガチンッ。撃鉄が空撃ちする音が聞こえ、弾の雨は止んだ。キャッツ・バルカンなどの実弾系の武装は全弾を打ち尽くすと次弾の装填をしなくてはならず、その間十秒ほど使えなくなる。その隙に英俊はバリアを解除すると唯一の武装、右腕のエルダー・サインを起動させた。

右腕の装甲が変形し、黄色く光り輝き右肘のブースターが点火する。それを見た堀村は英俊に背を向け、乱立するブロックの上を飛び跳ねて距離を取った。

何をするつもりかは分からないがあの武器の射程は二。どう足掻いても当たるはずがない。その隙に距離を取ってキャッツ・ボムの有効範囲にまで離れれば問題ない。

堀村がそう考えた時だった。黄色と黒の閃光が堀村のすぐ横を駆け抜け、その衝撃によってロゼルタ・キャットは大きくバランスを崩した。

「何だ!?」

堀村は慌てたがロゼルタ・キャットのオプションである“猫の柔軟性”により、空中で体勢を整え落下によるダメージを受けずに着地することが出来た。

「…そういうことか」

少し離れた所に右手を突き出した形で静止しているエルダー・ワンの姿を見つけて堀村は何が起きたのかを理解した。

肘にあるブースターの推進力を利用して前方に高速移動したのだ。耐久力のあるブロック体を一撃で破壊できるぐらいの威力をもたらすブースターの出力があればそれによって移動する事すら可能だろう。ついさっきの攻撃と堀村が隠れていたブロック体を離れた距離から破壊できたのもそうしたからに違いなかった。

「外したか…」

無事着地することの出来たロゼルタ・キャットを見て英俊は舌打ちした。先程のブロック体とは違い、小さい標的を狙うのはやはり難しくそれでいてそれが常に移動しているのだから外れてもおかしくはなくむしろ左手にかすっただけでも十分な結果だった。

「だが…いまの一撃で左腕はもう使えないはずだ」

ヘッドギアを操作して視界に相手の現在の状態を表示させる。モニタの半分が切り替わりロゼルタ・キャットの全体像と残存ライフや装備している武装が表示されていたがその全体像の内左腕が暗い色で塗りつぶされていた。

「一撃で左腕を壊すとかどんな威力だよ…おかげでキャッツ・ボムが使えなくなっちまった」

堀村は自分のステータスを見て左腕が完全に使い物にならなくなったことを知り、驚いた。まさかかすっただけで三〇〇のライフが消し飛ぶ攻撃とはもし直撃したのならば一体どれほどのダメージになるのかを考えるだけで恐ろしくなった。

「だがまだこっちにはツイン・カノンがある。それにこっちの方がライフが多い。最悪ステルス・マインを至近距離で爆発させれば問題ない」

堀村は直撃を避けるために英俊が次の一撃を放つ前に素早く移動してブロックの陰に隠れる。十中八九このブロック体を破壊してくるだろうからツイン・カノンの照準を上方から前方に変更する。ブロックが壊れた瞬間に狙撃すればバリアさえ間に合わないだろう。

「…くるか?」

頭部のキャッツ・イアーも起動し、英俊の位置を探るのだが足音すら聞こえず故障した左腕が鳴らす火花によるノイズが聞こえた。

「…」

だがいつまで待っても目の前のブロックが壊されることも足音が聞こえることもなかった。

「どうしたんだ?」

堀村はヘッドギアを操作してエルダー・ワンの現在の状態を表示させる。左足のライフはほぼ〇であり、もはや満足に歩行ができない状態にある。音がしない所を見ると恐らく左足の損傷のせいで動けないのだろう。つまり…。

「やつはさっきの場所から移動していないということか」

堀村は少しだけ後ろに下がり、ツイン・カノンの仰角を六〇度にまで持ち上げ照準を大まかに定め、発射した。うっすらと白い尾を引いて弾が上空に発射される。その二つの弾がブロック体を飛び越えるのとほぼ同時にブロック体が爆散した。

その原因は言うまでもない。エルダー・ワンの唯一の武装エルダー・サインだ。

「クソッ…」

堀村は自分の浅はかさに舌打ちした。先程の沈黙の間に英俊はこっちの武装をすべて確認していたに違いない。キャッツ・ボムが消滅した今有効打になるのは肩部のツイン・カノンしかない。だがそれには連射性の低さや、移動不可のいくつものデメリットがある。

一発撃たせれば次の弾が来るまでに十秒は間が開く。その間に接近してしまえばキャッツ・バルカンは全てバリアによって無力化できるため恐れる必要などない。唯一恐れるべきはステルス・マインだろうがブロック体を破壊した時に発生した衝撃でそれは誘爆した。

もはや堀村のロゼルタ・キャットは無防備だった。

「これで決める! エルダー・サイン!」

先程の一撃が冷めない内にまた英俊の右腕が黄色く光り輝いた。

「そんな…馬鹿な!」

堀村は逃げようとしたがもう遅かった。右肘のブースターが点火し、その凄まじいエネルギーを宿した渾身の右ストレートがロゼルタ・キャットの胴体に直撃した。ロゼルタ・キャットは勢いよく吹き飛び、二転、三転した後にようやく止まったが既にその体にライフは残されていなかった。

「勝者エルダー・ワン!」

勝者を告げる音が響くと共に二体のオルディックロボは多面体に変形し、床に開いた穴に飲み込まれ所有者の手元に戻った。

「俺の勝ちだな」

ヘッドギアを外し、黒い多面体をポケットにしまいながら英俊は言った。

「チッ…約束通りこいつは返す」

堀村は酒井から奪い取った青の多面体を放り投げると自分のオルディックロボを回収して英俊に背を向けて去っていった。だが途中で立ち止まり、英俊を振り返り勢いよく指をさした。

「次は負けねえからな!」

捨て台詞を吐くと堀村はそそくさとオルディックセンターを後にした。

「やるな! 久しぶりのファイトにしては上出来じゃないか」

「…帰る」

英俊は肩を組んでくる酒井の腕をすり抜けるとオルディックセンターを後にした。

「あっちゃー…失敗だったかな…」

酒井は気まずそうに呟くと携帯電話を取り出しどこかに電話をかけだした。


「はぁ…」

英俊は家に帰るとポケットから黒い多面体を取り出して机の上に置いた。

およそ十年ぶりのオルディックファイトであったがその勘は鈍ってはいなかった。しかしもう二度としないだろう。

英俊がため息を吐くと同時に多面体が勝手に光りだし、エルダー・ワンに変形した。

「マスター…何故勝利したのにも関わらずそんな顔をしているのですか?」

「俺はオルディックロボが好きじゃない…じいちゃんも父さんもオルディックロボのせいで死んだんだ」

およそ十年前、英俊の父矢沼流星と祖父矢沼勇樹はオルディックロボの開発途中に謎の爆発事故に巻き込まれ死亡した。その出来事は当時六歳だった英俊に大きな影響を与え、オルディックロボに対して嫌悪の感情を持つようになってしまいその時持っていたオルディックロボを破棄し、それから今日この日までオルディックファイトから退いたのだ。

「あの事件ですか…。そのことについてメッセージが残されていますが聞きますか?」

「メッセージ…? 一体誰のだ?」

「矢沼流星…あなたのお父さんからです」

「なんだって!?」

英俊はエルダー・ワンの肩を掴んだ。

「壊れるのでそれ以上負荷をかけないでください。このメッセージは今から十年前の二〇五〇年九月十三日に託された物です」

その日付は忘れたことのない日だ。それは二人の命日に他ならない。

「聞きますか?」

「…」

英俊は無言で頷いた。

「では…音声プログラム起動。映像プログラム起動」

エルダー・ワンの頭部にある星形の帽子のような物の先端についた赤い球が光り輝き、緑色の立体映像が出現した。そこに映し出されたのは矢沼流星の上半身だった。しかしその顔は酷く傷つき額からは出血していた。

「英俊…これをお前が聞くのはいつの日になるだろうか。できる事ならお前の携帯端末に転送したいのだが携帯の電波は探知される恐れがある。だからおじいちゃんの金庫に隠しているエルダー・ワンにこのメッセージを転送する」

久しぶりに聞く流星の声は懐かしくもあったがその表情は苦痛に満ちており素直に喜べる状態ではなかった。

「恐らく父さん達はもうお前に会うことはできないだろう。…もう時間があまりないから手短に話す。鉄の軍団メタル・レギオンには気を着けろ。奴等は悪い人達と手を組んで良くない事を企んでいる。だからこのエルダー・ワンを決して手渡してはいけない。こいつが奴等の手に渡れば間違いなく世界は滅ぶ」

突然後ろの方から何かが音を立てて倒れるような音が響いた。

「もうこの研究所も崩壊する。やつらが爆弾を仕掛けたせいだ。脱出はできない。この部屋は完全に封鎖されている。無力なお父さん達を許してくれ…」

映像は不鮮明になり、ノイズも混じりだした。

「もう…一度だけ言う…。…の軍団には…けろ。…は悪魔だ。エル…ンを渡すな。守り抜け」

その言葉を最後に映像は完全に途絶えた。

「メッセージは以上です」

エルダー・ワンの言葉など英俊の耳には届いていなかった。ただ呆然と焦点の合わない目をして必死に父の残したメッセージを理解しようとしていた。

「エルダー・ワン。父さん達は殺されたのか?」

「そうです。表向きは事故として処理されたようですが実際にはあの爆発事故は故意によって引き起こされた物です」

「その犯人が鉄の軍団なんだな?」

「彼等はお二人にオルディックロボを軍事利用するように持ちかけていました。ですが二人はオルディックロボは娯楽のための道具であって人殺しの道具ではないと反論し、殺されました」

「そいつらはどこにいる?」

「分かりません。しかし今もこの日本のどこかで活動を続けているはずです。彼等の後ろには強力な黒幕がいるらしく圧力も相当な物でしたから未だに滅んではいないはずです」

エルダー・ワンの説明を聞いて英俊は怒りが沸々と沸き起こるのを覚えた。

「私はこのメッセージの他にある一つの使命を受けています」

「使命?」

「この使命は矢沼勇樹から託されたものです。鉄の軍団を壊滅させろ。これが私に託された使命。しかし一人で叶えられる物ではありません。私を冷たい土の底から助け出してくれた彼の使命それを果たすために協力してもらえませんか?」

「そんなことは警察に任せるべきだ。俺にそんな力はない」

「いいえ、あります。右腕以外の武装がロックされた状況であなたは勝つことが出来た。十分にその力はあるはずです」

「力ってのはオルディックファイトのことなのか?」

二〇六〇年の日本ではオルディックファイトの強さが人間性の優劣を決めるとまでいわれており、企業同士のもめごとや取引の締結果ては借金の取り立てにまで利用されていると噂されていた。

「そうです。彼等はオルディックファイトの結果を何よりも尊重し、その勝負に賭けた事を違えることはありません。なので…オルディックファイトで鉄の軍団の構成員を叩きのめせば壊滅させることが可能のはずです」

「それは本気で言っているのか?」

いくらオルディックファイトが社会に浸透してきているとはいえ、たかがオルディックファイトに勝ったぐらいで人を殺すことを何とも思わない組織が壊滅できるとは思えなかった。

「大丈夫です。あなたなら可能です」

「分かった。やってやるよ」

英俊はエルダー・ワンを掴んで部屋を出るとずっと家の裏にある倉庫に向かった。

「何ですかここは?」

「この中に古い奴だがパーツの入った箱を入れておいたはずなんだが…お。あった、あった」

倉庫の奥から英俊が引っ張り出したのは古ぼけたプラスチックのケースだった。振ってみるとガラガラと音がして中に何かが入っている事が分かった。

「お前の武装がロックされて使えない以上、これに換装するのが一番だろう」

英俊はそのケースを担ぐと部屋へと引き返していった。


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