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03 分かんない

「皆川さん、なんか変な客に目をつけられてるんだって?」


 バイト終わり、店長から心配そうに声をかけられた。


「はい、まあ……」


 変なというか、変態というか。


 彼は、初めてこの店に来てから一週間が経った今でも、毎日かかさず店に来ていた。

 いや、厳密に言うと、毎日ではない。私が休みの日にも来ているのかどうかは、確認したことがないので分からない。ただ、私が出勤している時は、私のレジがどれだけ混雑していても、必ずそこに並んでくる。持ってくるのは相変わらず、チョコチョコボール一箱だ。


 お客様なので文句も言えないが、レジの最中ずっと「抱きしめさせてください」を言い続ける彼の執念(?)には呆れるを通り越して脱帽する。――他のお客様はどん引きだが。


 というか、彼の「抱きしめさせてください」攻撃に慣れ始めた自分が恐ろしい。


「うーん……。あんまり変なお客様なら、警察に連絡した方がいいのかなあ。万が一、皆川さんがその変な人に刺されでもしたら、大変だしねえ」


 全然大変そうではない間延びした声で、店長は言った。というかぶっちゃけ、店長も『変な人』の部類に入ると思われる。私は適当に相槌を打ちながら、店長の頭頂部を見上げた。



 店長自慢の、金色に染め上げたバーコード頭は、うちの店の『看板頭』になってしまっている。ちなみに染めた理由は、


「いやあ、僕、バーコードってあだ名がついてるの、気にしてたんだよねえ。金色のバーコードって、ないでしょう? だから、金色に染めた僕の頭は、バーコードじゃないんだよー」


 ……まったくもって、意味不明の理解不能だ。



 店長はうんうん唸りながら、私の肩を叩いた。


「なんか、エスカレートしてきたら、言ってねえ。というか今度そのお客様が来たら、僕に教えてくれる?」

「あ、いや……。私、大丈夫ですよ」

「いやいや。従業員を危ない目に合わせるわけにはいかないよう」

「いやいやいや。本当に、大丈夫ですから」

「いやいやいやいや。責任者として、ここはズビッと言っておくべきかと」


 なんだよズビッとって。

 私は苦笑しながら、店を出た。――……まさか、



「歌ちゃーん!! こっちこっち!!」



 まさかその変な客とファミレスで何度も会ってるなんて、言えない。



「そんなに大声出さなくても、分かるわよ……」


 私はバンザイのポーズをしている男に向かって、ため息をついた。彼の座っている席に向かう最中、すれ違った店員にドリンクバーを一つ注文する。彼はすでにドリンクバーを注文しているらしく、それ専用のグラスが机に置かれていた。店員からすれば、ドリンクバー二つだけで、深夜から早朝にかけて居座るカップルに見えるだろう。


 彼は、相変わらずココアを飲んでいた。しかもそれはただのココアじゃなくて、中にたっぷりの砂糖を入れた、彼お手製の(あり得ないくらいに甘い)ココアである。


「歌ちゃん、今日もお家に帰らないんだねえ」

「あんたに言われたくない」


 私はゼロカロリーコーラを注ぐと彼の向かいに腰掛け、いつもと同じ服装をしている彼の方を見た。彼は相変わらず、ふにゃふにゃした笑顔でこちらを見ている。

 私が彼と会う時、彼はいつだって一人だ。他の誰かといるところを、私は見たことがない。


「……あんたもさあ、友達なりなんなり、いないの?」

「分かんない」

「……変人すぎて、友達もできなかったとか?」

「分かんない」

「……私の名前は?」

「歌ちゃん。みながわ、うたこちゃん」

「あんたの名前は?」

「分かんない」


 私はため息をついた。彼はずっと、この調子なのである。

 自分のことについては全て「分かんない」。なのに私のことについては、妙に詳しいのだ。一種の記憶喪失なのか、はぐらかされているのか。それにしても、


「なんで私のこと知ってるの」

「ずっと一緒にいたもん」

「いつから一緒?」

「子供のころからずっと」

「……一緒の小学校に通ってた?」

「分かんない」


 私も分かんない。そしてらちが明かない。本当に、誰なんだこいつ。

 彼はココアを飲み干すと、カップの底にたまっている粉と、溶けきらなかった砂糖を見つめながら、笑った。


「歌ちゃんは、友達いたよね。でもあんまり、遊ばなかったの。――遊ばなくなったんだよね、途中から」


 私は眉をひそめた。ストローに口をつけ、わざと音を立ててコーラを飲み干す。最後の一口は、妙に水っぽかった。

 彼はスプーンで、底にたまっている粉をすくい、舐めはじめた。私は眉間にしわを寄せる。ココアに夢中で、私の顔に気づいていない彼は話を続けた。


「歌ちゃん、テスト、見せたかったんだよね。喜んでほしかったの。……走って家に帰って、宿題やってたでしょ。『よしゅー、ふくしゅー』もやってた。テスト、がんばるために」


 ――やっぱりおかしい。私はその話を、誰かにした覚えはないのに。

 なのになんでこいつは、こんなに詳しいんだ?


「……私があんたに、その話をしたの?」

「うん」


 私は彼の顔を見ながら、必死になってその時のことを思い出そうとした。けどやっぱり、どうしても思い出せない。……もしかしたら、彼と飲んで泥酔して、うっかり話したのかもしれない。そんなに酔い潰れた覚えもないんだけど、――もしかしたら。


「もしかして私、あんたと寝たことある?」

「あるよ」


 さらりと答える彼。……なるほどつまり。

 酔っ払った拍子にうっかり話して、その後、やらせたと。


 私は自分が納得できるように考えると、彼に向かって笑った。――そういうことか。


「なるほど。抱きしめさせてくれって言うのはつまり、寝たいってこと?」

「え? 別におれ、眠くないよ?」

「そういう意味の寝るじゃないわよ」

「え? じゃあどういう意味の寝る?」

「はあ?」

「え、なに?」


 きょとんとする彼に、呆然とする私。


「私と寝たいんじゃないの?」

「歌ちゃんを抱きしめたいの。いい?」

「だが断る」


 寝たことはない。なのに、寝た?

 どういうことなんだろう。




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