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お隣さん

作者: 羽柴 千笑




2月14日、バレンタインデー。

それは恋人たちにとってもっとも甘く、ラブラブな一日になるはずの日。

私は薄暗い公園のベンチで涙を流していた。


大好きだった彼氏に、よりにもよってバレンタインデーにフラれた。

浮気をしていたみたいだった。



「悪いけど、それ受け取れない。別れよう、他に好きな人ができた」

玄関に入って、靴を脱いで部屋に上がろうとした時。

面倒そうに、彼は言い放った。

「……好きな人?」

私はそう発するので精いっぱいだった。

「…うん。ごめん」

決まりが悪そうに頭をボリボリ掻きながら、壁にもたれる彼。



 最近態度が冷たいと思ってはいたけど、いわゆる倦怠期とかいうものかな、って勝手に思ってた。

だからこそ、愛のこもったチョコレートを渡せば、…なんて思っていた、数時間前の私を殴ってやりたい。

それ以上に今は、目の前にいるこの男をぶん殴ってやりたいのだけれど。


数日前は愛しくてたまらなかった人が、一瞬でこんなにも嫌いになれることを初めて知った。

今は、丁寧にワックスでセットしてある髪も、香水の匂いも、嫌悪感でいっぱいだった。

おそろいで買った部屋着のスウェットを、別れ話をするときでさえ着ている神経にも。

ていうか彼女がバレンタインに家を訪ねてくるときくらい、着替えくらいしろよ。



 私は無言で扉を閉めて、来た道を引き返した。

頭が混乱して、ひとまず家の近くの公園に入って、ブランコに座ってみた。

遊んでいる子どもの姿はなかった。

色々整理しているうちに腹が立ってきて、もっと言い返してやればよかったとか、いろんな思いが

頭をめぐって、涙があふれてきたのだった。



 ひとしきり泣いて、立ち上がる。あんな男、別れられてよかったんだ。

私は丁寧にラッピングされたチョコレートの箱を、ゴミ箱に投げ入れた。



「捨てちゃうんですか、それ」

「!!」

いきなり近くで声がしたから、驚いて私は声にならない声を上げてしまった。

振り向くと、若くて、よく言えばふわふわのパーマ、悪く言えばボサボサの寝癖のような、栗色の髪をした男が立っていた。

「あ、驚かせてすみません。これよかったら」

男はそう言って街角で配られているような、広告付きのポケットティッシュを差し出した。

「……・・」

怪しい。誰だろう…私は硬直したまま男を見た。

「…・・」

男はキョトンとした顔で私を見つめ返す。

身長が低い。私よりすこし高い程度だ。

よく見ると男は可愛らしい、整った顔立ちをしていた。くりっとした目に長い睫毛、すっと通った鼻筋。

それに比べて私はこんな日にこんな所で大泣きして、きっと化粧もとれて酷い顔だろう…


「あの」

「あっ、あ、ありがとうございます!」

男の声で我に返った私は、じっと見つめていたことが恥ずかしくて、しどろもどろになりながらティッシュを受け取ってしまった。

「こんなところで泣いていたら風邪引いちゃいますよ。もっと暖かいところでじゃないと」

「あ…ハイ…すいません」

なんで私謝ってるんだろう…。

「それと、勿体ないです。食べ物を粗末にしちゃダメですよ」

そう言って男はゴミ箱を指差した。

「あ…でも、もういらないんで。持って帰りたくもないし、もう…見たくないんですけど」

私がそう言うと男はそうだ、と思いついたように言った。

「それおれがもらってもいいですか?」

「…は?」

男はニコニコしている。

大体知らない人の作った、しかも一回ゴミ箱にインしているモノを貰いたいと思うんだろうか?

「おれこの町にまだ知り合いとかいなくて、チョコも誰からももらってないし」

別にそれは理由にはならないと思うんだけど…

「…い、一回捨てたものですけど…いいなら」

私がそう言うと、男は嬉しそうに笑った。

「やった、ありがとうございます!」

子どもみたいにルンルンしながら、ゴミ箱の底からそれを取り出す。

「いま頂いてもいいですか?」

「…どうぞ」

男は私が座っていた場所の隣のブランコに腰かけたので、私も元のブランコに座った。



 今年作ったのはフォンダンショコラ。

去年は彼氏はいなかったけれど、気になっていた人に生チョコを渡したら

「生チョコって簡単にできるよね」

なんて笑顔で言われてしまったので悔しくて、今年は手の込んでいる(と思う)フォンダンショコラを作ったのだ。


嬉しそうにラッピングの紙を子どもみたいにビリビリ破いてる彼を見て、スプーンもフォークも

なにもない事に気が付いた。

「あ、やっぱり帰ってから食べたほうが…」

私が言うより早く、彼は紙のカップを破いてそのままかぶりついていた。

「んー!おいひいへふっゴホッ」

せき込んだ彼を見て、思わず笑ってしまった。

「あははは!大丈夫ですか」

貰ったポケットティッシュを差し出すと、申し訳なさそうに口元を拭った。

「これ、フォンダンショコラなんです。なかにチョコレートが入っていて、温めたら

チョコがトロって出てくるようになってて。だからあとは家で食べてください」

「そうなんだ!ありがとうございます!明日にとっておきます!」

いちいち元気よく答える彼に、自然と笑顔になっていた。


「もう公園で泣いたらダメですよ。風邪引きますから家で泣いてください」

「あぁ、もう大丈夫です。なんだか元気になりましたから」

私がそう言うと、彼はとびきりの笑顔で、よかったですね、と言った。

瞬間私の心臓はヒュッと掴まれたような気がした。


「じゃあ、おれ行きますね。チョコ本当においしかったです。明日温めて食べます」

「あぁ、はい!あの、どの辺に住んでるんですか…」

私がそう尋ねる前に、彼は公園の入り口に駆け出していた。

「また会えるといーですねー!」

とか言いながら、手を振りながら見えなくなった。

不思議な人だ……私の頭の中には、さっきの彼の笑顔が焼きついて離れない。


また、会いたいな、と思った。




 私が一人暮らしをしているマンションに帰りつくと、空き部屋だった右隣の部屋に住人が入ったらしく、

なにやらドタバタと騒がしかった。

その新しい隣人の正体を知ったのは、次の日の朝のことだった。

































バレンタインには間に合いませんでしたが…

ハッピーバレンタイン!☆

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