表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/19

魔女先輩とお守りの確率論

 放課後の部室には、カリカリというシャーペンの音だけが響いていた。

 来週は数学の実力テストがある。赤点を取ると部活動停止処分になるため、僕は必死で過去問を解いていた。


「……透くん」


 不意に名前を呼ばれ、僕は顔を上げた。

 窓際で紅茶を飲んでいた静久先輩が、カップを置いてこちらに歩いてくる。


「邪魔しないでください。今、積分の計算中なんで」

「はいはい。……あのさ、これあげる」


 視界の端に、何かが差し出された。

 顔を上げると、先輩の手のひらに、青と白の刺繍糸で編まれたミサンガが乗っている。網目は少し不揃いで、いかにも手作りといった感じだ。


「……何ですか、これ」

「合格祈願のミサンガ。私が編んだの」

「先輩が?」

「うん。昨日の夜、ちょっとね。……合格の魔術を込めておいたから」


 先輩は珍しく僕の目を真っ直ぐ見ず、少し照れくさそうに指先で頬を掻いている。

 指先には、小さな絆創膏が貼られている。編み慣れていない証拠だ。

 いつもの「からかい」ではない。純粋な善意だというのは分かった。


 ――だが。

 今の僕の頭の中は、数式と論理で埋め尽くされている。余裕がなかった。


「……先輩。気持ちはありがたいですが、要りません」

「え?」

「確率論的に、紐一本で点数が上がるわけがありません」


 僕は手を止めず、冷淡に告げた。

 先輩の手が止まる。でも、僕は止まらなかった。


「自分の実力で解いてこそ意味があるんです。神頼みとか、おまじないとか、そういう非科学的な気休めは――今の僕にはノイズです」


 言い切って、僕は再びノートに視線を落とした。

 正論だ。何も間違ったことは言っていない。学生にとって最も必要なのは、冷静な自己分析と学習量だ。


 部室に、重苦しい沈黙が落ちた。


「…………そっか」


 消え入りそうな声。

 顔を上げると、先輩はスッと表情を消していた。

 怒っているわけでも、呆れているわけでもない。ただ、寂しそうに微笑んでいた。


「そうだよね。透くんは、そういうの信じないもんね。……ごめんね、変なもの押し付けて。邪魔だよね」


 先輩はミサンガをギュッと握り込み、自分のスカートのポケットに乱暴に突っ込んだ。

 そして椅子を回転させ、窓の外を向いてしまった。


 ――カリ、カリ……。


 シャーペンの音だけが、空虚に響く。

 数式が頭に入ってこない。

 胸の奥が、締め付けられるように苦しい。


(……何だ、この感覚は)


 僕は正しいことを言ったはずだ。非科学的な依存を否定し、自立を促した。論理的に正しい。

 でも、先輩は傷ついた。

 お守りの効果を否定されたからじゃない。

 「応援したい」という気持ちを、「ノイズ」として切り捨てられたからだ。


 ――『合格の魔術を込めておいたから』


 昨日の夜、先輩が一人で、慣れない手つきでこれを編んでいる姿が脳裏に浮かぶ。

 それを僕は、「要らない」と一蹴した。

 それは、正論という名の暴力だ。


 パキッ。

 シャーペンの芯が折れた。


「……先輩」


 僕は勉強道具を置いた。

 先輩は振り返らない。窓の外を見たまま、微動だにしない。


「さっきの発言、訂正します」

「……いいよ。気にしてないし。透くんの言う通りだし」

「違います。僕が間違ってました」


 僕は椅子から立ち上がり、先輩の背中に歩み寄った。


「確率論とか、どうでもいいです。……それ、やっぱりください」

「……は?」


 先輩がようやく振り返る。その瞳は少し潤んでいて、不信感に満ちていた。


「ノイズなんでしょ? 要らないんでしょ?」

「必要です」


 僕は先輩の目を見て、はっきりと言った。


「科学的根拠はありません。でも……先輩が編んでくれたなら、それが一番効く気がするんで」


 論理などかなぐり捨てた、ただの感情論。

 今の僕が導き出せる、精一杯の「正解」だった。


 先輩はしばらく僕の顔をじっと見つめていたが、やがて大きなため息をついた。


「……バカ透」


 ポケットから、くしゃくしゃになったミサンガを取り出すと、ぶっきらぼうに僕に投げつけてきた。


「……知らない。テスト落ちても」


 宙を舞ったミサンガを、僕は片手でキャッチした。

 少し歪な編み目。でも、温かい気がした。

 僕はそれを左手首に巻き、ぎゅっと結んだ。


「落ちませんよ。最強の魔術がかかってるんですから」


 僕が言うと、先輩は再び窓の外を向いてしまった。

 でも、ガラスに映ったその横顔は、口元が少し緩んでいて、耳まで真っ赤だった。


 オカルト部の魔女先輩は、僕の不器用な謝罪を受け入れて、少しだけ優しくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ