魔女先輩と宇宙からのメッセージ
部室のドアを開けた瞬間、異様な光景が広がっていた。
部屋の中央に、アルミホイルでぐるぐる巻きにされた巨大な傘のようなものが鎮座している。そしてその傍らで、ヘッドホンをした男子生徒が奇妙なダンスを踊っていた。
「……何ですか、あれ」
僕は思わず立ち尽くす。
窓際定位置の静久先輩は、我関せずといった様子で紅茶を啜っていた。
「ああ、おはよう透くん。彼は漆間くん。見ての通り、有望な交信係だよ」
「どこがですか。不審者係の間違いじゃ」
「失敬な!」
ヘッドホンの彼がバッと振り返った。
分厚い眼鏡に、ボサボサの髪。制服の至る所に安全ピンが刺さっている。同じ一年生の漆間だ。クラスは違うが、「校庭の白線は宇宙人への滑走路だ」と主張して体育教師に怒られていたのを見たことがある。
「僕は今、第7銀河系とのチャネリングを行っているのだ。邪魔をするな、一般人」
「ピーポー……」
「漆間くん。彼も一応、私の使い魔……じゃなくて部員だから。仲良くね」
先輩が嗜めると、漆間くんは「ハッ! マスター・シズクがそう仰るなら!」と敬礼した。どうやら先輩のことは崇拝しているらしい。
「それで、マスター。先ほど受信した電波信号ですが、解析が完了しました」
漆間くんは一枚のメモ用紙を先輩に恭しく差し出した。
そこには、殴り書きの数字が並んでいる。
『14106』
「ほう……これは興味深いね」
「はい! 間違いなく人類への警告、あるいは侵略のカウントダウンかと!」
先輩はメモをひらひらと振りながら、ニヤリと僕を見た。
「透くん。君ならこの『宇宙からのメッセージ』、解読できるよね?」
「……ただの数字じゃないですか」
「私の使い魔なら、この程度の暗号、一瞬で解いて見せてよ」
先輩の挑発的な視線。
これはテストだ。漆間くんというノイズを混ぜているが、本質はいつもと同じ。僕の思考力を試している。
僕はメモを受け取り、数字を睨んだ。
14106。
素数ではない。日付でもない。となれば、単純な語呂合わせ(ポケベル打ち)か?
1(イ)……4(シ)……1(テ)……0(ル)……。
――『アイシテル』。
思考が停止した。
僕はバッと顔を上げる。先輩は口元にティーカップを運んでいて、表情が見えない。
(まさか……いや、ありえない)
冷静になれ。これは罠だ。
もし僕が「愛してる、ですね」と答えたら、先輩は「えー? 透くんってば大胆」とからかうに決まっている。
だが、もしこれが本当に漆間くんが適当に書いた数字だとしたら? いや、先輩が漆間くんを使って僕にメッセージを送っているとしたら?
「どうしたの? 顔が赤いよ、一般人」
「う、うるさいな! 計算中だ!」
漆間くんが横から覗き込んでくる。
くそ、この電波野郎がいるせいで思考がまとまらない。
「ふふ。透くん、答え分かった?」
先輩がカップを置いて、身を乗り出してきた。
その瞳は、僕の動揺を完全に楽しんでいる。
「……解読不能です。情報量が少なすぎます」
「えー、つまんないの。直感を信じればいいのに」
「科学に直感は不要です!」
僕が声を荒げると、漆間くんが突然「ハッ!」と叫んだ。
「分かったぞ! これは座標だ! 141、06! 北緯と東経を示しているんだ!」
「……え?」
「この座標は……屋上だ! 迎えが来るぞ! 母船が!」
漆間くんはアルミホイルのアンテナを引っこ抜き、「行ってきます、マスター!」と叫んで部室を飛び出していった。
嵐のような男だ。
部室に静寂が戻る。
残されたのは、僕と先輩、そして意味深な数字のメモだけ。
「……行ってしまったね」
「元気な奴ですね」
「で、透くん。本当は分かってたんでしょ? 答え」
先輩が、机越しに上目遣いで見てくる。
逃げられない。二人きりの空間で、この空気感は反則だ。
「……その、語呂合わせで読むなら……『アイシテル』、とも読めますけど」
「正解」
ドキン、と心臓が跳ねた。
先輩は悪戯っぽく微笑み、指先でメモの数字をなぞる。
「14106。愛してる。……よくできました」
甘い声。
脳内の論理的思考回路が焼き切れそうになる。これは、つまり、そういうことなのか?
「――っていうのは、昨日の深夜ドラマの受け売り」
「……は?」
「漆間くん、昨日そのドラマ見てたんだって。無意識に数字書いちゃったんじゃない?」
先輩はケラケラと笑い、紅茶のおかわりを注ぎ始めた。
「な、なんだ……ドラマか……」
全身の力が抜ける。
やっぱりからかわれただけだ。僕は大きくため息をつき、椅子に座り込んだ。
馬鹿みたいだ。一瞬でも真に受けた自分が恥ずかしい。
「……でもさ」
先輩が、ボソリと言った。
カップに口をつけたままで、視線だけをこちらに向けている。
「透くんがそう読み取ってくれたなら……それはそれで、正解でもいいかな」
「え?」
「なんでもない。紅茶、渋くなっちゃった」
先輩はふいっと顔を背け、窓の外を見つめてしまった。
西日に照らされたその耳が、ほんの少しだけ赤くなっているように見えたのは、夕日のせいだろうか。
「マスタァァァーーー!! 母船がいません!! カラスしかいません!!」
廊下の向こうから、漆間くんの絶叫が聞こえてくる。
僕はメモ用紙をくしゃりと丸め、ポケットに突っ込んだ。
この数字の意味は、しばらく保留にしておくことにしよう。論理では解けない謎が、また一つ増えてしまったから。




