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オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


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魔女先輩と催眠術

  放課後の部室。

 今日の静久先輩は、五円玉を吊るした赤い紐を、僕の目の前でゆらゆらと揺らしていた。


「……あなたはだんだん、眠くなーる……」

「先輩、古典的すぎます」


 僕は呆れて溜息をついた。

 紐の先で揺れる五円玉を目で追いながら、僕はいつものように解説モードに入る。


「催眠術というのは、被術者の被暗示性サジェスティビリティに依存する心理的誘導です。術者への信頼と、かかりたいという無意識の願望が必要不可欠。つまり、懐疑的な僕にかかるはずがありません」

「またそんな可愛くないこと言って。透くん、最近寝不足でしょ? 目の下にクマできてるよ」


 先輩の声は、妙に優しかった。

 確かに昨夜はレポート作成で夜更かしをした。この部室の微睡むような空気と、規則的に揺れる五円玉、そして先輩の落ち着いた声のトーン。

 ……条件としては、悪くない。


(……待てよ?)


 僕はふと、ある作戦を思いついた。

 先輩は僕に催眠術をかけたがっている。ならば、あえて「かかったフリ」をしてやればどうだ?

 術にかかった演技をして、先輩を油断させる。そして、先輩が調子に乗って変な命令――例えば「猫のモノマネをして」とか――を出した瞬間に、「残念、全部演技でした」とネタばらしをする。

 そうすれば、普段から僕をからかっている先輩に一泡吹かせられるはずだ。


「……ふわぁ」


 僕はわざとらしくあくびをして、瞼を重そうに閉じてみせた。

 首をカクンと前に倒す。


「……あれ? 透くん?」

「…………」


 僕は沈黙を貫く。全身の力を抜いて、椅子に深く寄りかかった。

 さあ、どう来る。静久先輩。


「本当にかかっちゃった……? 透くん、聞こえる?」


 先輩の気配が近づいてくる。

 耳元で、パチンと指を鳴らす音がした。僕は眉一つ動かさない。完璧な演技だ。


「すごい、完全にトランス状態だね。……じゃあ、ちょっとだけ」


 衣擦れの音がして、甘いお香の香りがふわりと強くなった。

 先輩が、僕の顔を覗き込んでいるのが気配で分かる。


「透くん。今の君は、私の言うことを何でも聞く操り人形です」


 来た。命令だ。

 僕は内心で身構える。どんな恥ずかしい命令でも、実行する直前で目を開けてやる。


「……じゃあ、じっとしてて。動かないでね」


 え?

 予想外の命令に、僕は思考を止めた。

 じっとしてろ? それだけ?


 すると、何か柔らかいものが、僕の前髪に触れた。

 先輩の指先だ。

 さらさらと、髪を梳かされている。


「前髪、伸びてきたね。目にかかってるよ」


 独り言のような呟き。

 先輩の指は、前髪を避けて、そのまま僕の額をゆっくりと撫でた。

 ひんやりとした指の感触。

 予想外の「接触」に、背筋がゾクリと跳ねる。


(ちょ、ちょっと待って。これは反則だ)


 動揺して目を開けそうになるが、今動けば「演技でした」と言うタイミングを失う。いや、それ以前に、この状況で目を開けるのは気まずすぎる。


「いつも難しそうな顔して……ここ、皺が寄ってる」


 先輩の指先が、僕の眉間を優しく揉みほぐす。

 至近距離にある先輩の吐息が、頬にかかる。

 心臓の音がうるさい。催眠術にかかったフリをしているはずなのに、金縛りにあったように動けない。


「……透くん」


 囁くような声。

 先輩の顔が、さらに近づく気配がした。

 まさか。

 いや、まさか。

 漫画やドラマじゃあるまいし、眠っている(フリの)相手にすることは一つしかないなんて、そんな非論理的な展開が――。


「…………」


 沈黙が数秒。

 僕の心拍数が限界値を突破しそうになった、その時。


 ――デコピン。


「いったぁ!?」


 額に走った鋭い痛みに、僕は飛び起きて額を押さえた。

 目を開けると、目の前で先輩がニシシと笑っていた。


「おっはよう、透くん。いい夢見れた?」

「な、何するんですか! いきなりデコピンなんて!」

「あれー? だって透くん、催眠術にかかってたんでしょ? 痛みなんて感じないはずじゃない?」


 先輩は小首を傾げ、意地悪そうに目を細める。


「それとも……最初から起きてて、私が何をするか期待して『タヌキ寝入り』してたのかな?」

「っ……!?」


 完全に手玉に取られていた。

 僕が演技をしていることを見抜いた上で、ギリギリまで接近して動揺を誘い、最後にトドメを刺したのだ。


「ち、違います! これはレム睡眠とノンレム睡眠の狭間で生じた意識の混濁であって……!」

「はいはい。顔真っ赤だよ、役者さん」


 先輩はケラケラと笑いながら、自分の席に戻っていく。

 僕は額のジンジンする痛みを堪えながら、敗北感に打ちひしがれた。

 物理的な距離でも、心理的な駆け引きでも、この人には勝てる気がしない。


「……次は絶対に、科学的に分析してやりますからね」

「うんうん、いつでもおいで。私の可愛い実験台くん」


 僕は悔し紛れに捨て台詞を吐くが、先輩は涼しい顔でお茶を啜っている。


 ――もちろん、僕は知らない。

 カップを持つ静久先輩の手が、カタカタと震えて止まらないことを。


『……やばかった。死ぬかと思った……』

『寝たフリしてるのバレバレだったから、ちょっと揶揄おうと思っただけなのに……近くで見たら寝顔が無防備すぎて、心臓止まるかと……』

『デコピンしなかったら、本当にキスしちゃうところだった……危ない危ない……』


 オカルト部の魔女先輩は、今日も僕の浅はかな演技を見破り、自分自身の暴走しそうな恋心を必死に封印している。

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