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オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


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3/5

魔女先輩とプラシーボ効果

 放課後の理科準備室――ではなく、オカルト研究部の部室。

 今日の部室には、いつものお香の匂いに混じって、清涼飲料水のような甘い香りが漂っていた。


「完成したよ、透くん。魔女の秘薬、第二弾」


 窓際に座る静久先輩が、実験用の三角フラスコを僕の目の前に掲げた。

 中には、鮮やかなマリンブルーの液体が揺れている。見た目は綺麗だが、この場所にあるというだけで警戒レベルは最大だ。


「……何ですか、それ。かき氷のシロップですか?」

「失敬な。これは『真実の口薬くすり』。飲むと嘘がつけなくなる、いわゆる自白剤だよ」


 先輩はフラスコをくるくると回し、妖艶に微笑む。


「透くん、いつもポーカーフェイスで本心隠してるからさ。これ飲ませて、本当のこと喋らせようと思って」

「人権侵害じゃないですか」

「安心して。人体に害はない成分で調合してるから。……たぶん」

「たぶん!?」


 僕はフラスコを受け取り、光にかざして観察する。

 気泡はない。沈殿物もなし。どう見てもただの炭酸飲料だ。


「……先輩。『プラシーボ効果』という言葉を知っていますか?」

「ぷらしーぼ?」

「ええ。薬効成分が含まれていない偽薬でも、『これは効く』と思い込んで飲むと、実際に症状が改善したり、副作用が出たりする現象です」


 僕は鼻で笑い、フラスコをテーブルに置いた。


「つまり、その薬に魔法的な効果などない。あるとすれば『嘘がつけなくなる』という暗示だけです。だとしたら、僕が『これはただのジュースだ』と強く認識して飲めば、暗示は無効化できる。違いますか?」

「ふーん……。じゃあ、試してみる?」


 先輩が挑発的に眉を上げる。

 望むところだ。今日の僕は、いつもの受け身な僕じゃない。


「いいですよ。科学の力で、その暗示を打ち破ってみせます」


 僕はフラスコを煽り、一気に飲み干した。

 喉に炭酸の刺激が走る。味は……予想通り、市販のサイダーだ。少しレモンの風味がする。


「ごちそうさまでした。やっぱり、何も変わりませんよ」

「そうかな? もう効いてる頃だと思うけど」


 先輩が椅子から立ち上がり、ゆっくりと僕に近づいてくる。

 いつもの距離詰め攻撃だ。でも、今日は効かない。僕の脳内は冷静な論理で満たされている。


「じゃあ、テスト」


 先輩は僕の目の前で立ち止まり、上目遣いで覗き込んできた。

 長い睫毛。整った鼻筋。吐息がかかる距離。

 いつものように心拍数が上がりそうになるのを、僕は理屈でねじ伏せる。


「透くん」

「はい」

「……私のこと、嫌い?」


 直球の質問。

 なるほど、そう来たか。

 ここで僕が口ごもったり、肯定しきれなかったりすれば、先輩は「図星だ、薬が効いて本音が言えなくなってる」とからかうつもりだろう。

 

 ならば、正解は一つ。

 僕の本心は――もちろん、嫌いじゃない。むしろ、その逆だ。

 だからこそ、この場面で「嫌いです」と即答することこそが、薬が効いていない(=嘘がつける)ことの証明になる。


 僕は呼吸を整え、表情筋を完全に固定した。

 一片の迷いもなく、冷徹な事実として告げる。


「はい、嫌いです」


 完璧だった。

 声のトーン、タイミング、視線の揺らぎ。どれをとっても嘘を見抜く隙はない。

 これで僕の勝利だ。さあ、どう切り返す――


「あ……」


 先輩の表情が、凍りついた。

 いつもの余裕たっぷりの笑みが消え、大きな瞳が驚きに見開かれる。

 そして次の瞬間、その長い睫毛が悲しげに伏せられ、視線がふらりと足元に落ちた。


「…………そっ、か」


 消え入りそうな声。

 ほんの一瞬だけ浮かんだ、傷ついたような表情。


(――えっ?)


 心臓が、嫌な音を立てた。

 計算外だ。なぜそんな顔をする?

 これは実験だ。論理的な検証作業だ。僕が先輩を嫌う合理的理由は存在しないことくらい、先輩だって分かっているはずだ。

 なのに、どうして。


(……訂正しろ。早く)


 脳内の警報が鳴り響く。

 積み上げた論理的思考ロジックが、感情という名のノイズにかき消されていく。

 僕は慌てて身を乗り出した。


「ち、違います! 今のは検証用のサンプルボイスです!」

「……サンプル?」

「そうです! 薬の効果を否定するために、あえて事実と異なる発言をしただけで、生物学的嫌悪感があるわけじゃなくて、その……!」


 言葉が出ない。

 ただ、あの悲しそうな顔を消したい一心で、僕は口走っていた。


「き、嫌いなわけ、ないじゃないですか……!」


 部室に沈黙が落ちた。

 自分の発言の意味を理解した瞬間、全身の血液が顔に集まるのが分かった。

 

 顔を上げると、先輩がぽかんとしていた。

 そして次の瞬間、その白い頬が、ふわりと桜色に染まっていく。


「……あは」


 先輩が、口元を手で隠して笑った。

 さっきまでの弱々しい雰囲気はどこへやら、その瞳にはいつもの悪戯っぽい光が戻っている。


「なんだー。やっぱり効いてるじゃん、自白剤」

「は……?」

「だって透くん、今、真っ赤な顔して本音言ったよ? 『嫌いなわけない』って」

「っ……! これは薬理作用ではなく、状況証拠の誤認を訂正するための……!」

「はいはい、そういうことにしておいてあげる」


 先輩はフラスコを回収すると、上機嫌で鼻歌を歌い始めた。


 僕は机に突っ伏した。

 完敗だ。

 プラシーボ効果なんて関係ない。

 僕は、「先輩を悲しませたくない」という、自分の軟弱な感情に負けたのだ。


「……次の実験は、もっと厳密な条件で行いますからね」

「ふふ、楽しみにしてるよ。私の可愛い被験者くん」


 ――もちろん、僕は知らない。

 背中を向けた静久先輩が、胸元をギュッと掴んで、バクバクと暴れる心臓を落ち着かせていることを。


『……あんな真顔で「嫌い」なんて言われると思わなかった……。びっくりして泣くかと思った……』


 そして、あの青い液体が、僕が好きなメーカーの『夏限定・ブルーハワイサイダー』だったことを。

 わざわざ自販機を三つ回って探してきてくれたなんて、今の僕には知るよしもない。

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