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オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


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19/19

魔女先輩と不確定性の証明(Q.E.D.)

 部室に、重苦しい沈黙が落ちた。

 紫色の怪しげな照明の下、静久先輩と氷室会長が向かい合っている。


「……何を、根拠のないことを」

「根拠なんてないよ。でも、分かるの」


 先輩の声は震えていなかった。

 それは演技でも、台本でもない。ただ一人の人間としての、静かな確信に満ちていた。


「貴方は私と同じだから。……『正しいこと』を演じるのに必死で、本当の自分の守り方が分からなくなっちゃったんだよね」


 氷室会長の瞳が揺れる。

 鉄壁だった理性の仮面に、ピシリと亀裂が入ったようだった。

 彼女は唇を噛み締め、何かを言い返そうとして――言葉を飲み込んだ。


「……非論理的です」


 絞り出すような声だった。


「初対面のあなたに、私の何が分かるというのですか。データも、根拠もないのに」

「うん。でも、貴方のその顔は知ってる。……鏡で、何度も見た顔だから」


 先輩がそっと手を伸ばし、テーブル越しに氷室会長の手に触れた。

 氷室会長は手を引っ込めなかった。

 その代わり、眼鏡の奥から、一雫の透明な液体がこぼれ落ちた。


 ――ポツリ。


 涙が頬を伝い、机に落ちる音が、静寂の中に響いた。


「……っ」


 氷室会長が慌てて顔を背け、手で目元を覆う。

 その仕草は、冷徹な生徒会長ではなく、ただの疲れ切った一人の少女のものだった。


 僕はバックヤードの陰で、モニター越しにその光景を見ていた。

 キーボードを叩く手が止まる。


(……負けた)


 僕は初めて、自分の論理が誰かを守れない場面を目の当たりにしていた。

 僕が集めたデータも、統計も、心理学的なテクニックも、彼女の心の鎧を貫くことはできなかった。

 それを成し遂げたのは、先輩の「共感」という、最も非論理的で、不確かな力だった。


 ――だが。

 不思議と、悔しさはなかった。


(……いや、違う)


 僕はモニターの中の先輩を見つめた。

 あの堂々とした姿。迷いのない言葉。

 それは、僕がここまで論理で土台を固め、不安を取り除いたからこそ、最後に彼女が「飛べた」のではないか。


 論理は、魔法を否定するものじゃない。

 魔法を一番高く、遠くへ飛ばすための発射台プラットフォームなのだ。


 僕はインカムを外し、深く息を吐いた。

 僕の役目は終わった。あとは、魔女に任せよう。


 *


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 氷室会長はハンカチで涙を拭い、眼鏡をかけ直した。

 その表情は、いつもの冷徹さに戻っていたが、どこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「……不覚です。こんな非科学的な言葉に動かされるなんて」

「ふふ。魔女の呪いだよ」


 先輩が悪戯っぽく微笑む。


「それで、満足度は?」

「……今日のところは、『保留』にしておきます」


 氷室会長は立ち上がり、アンケート用紙を手に取った。

 ペンを走らせる音がする。


「ですが、あなた方の活動が……少なくとも『無意味ではない』ことは認めます」


 彼女はアンケート用紙を裏返しに置くと、一礼して部室を出て行った。

 ドアが閉まる音が、終了の合図だった。


 先輩がへなへなと椅子に崩れ落ちる。


「……終わったぁ……」

「お疲れ様でした、先輩」


 僕はバックヤードから出て、先輩に歩み寄った。

 先輩が顔を上げる。その目は潤んでいたが、達成感に輝いていた。


「透くん、見て! アンケート!」


 僕は机の上の用紙を拾い上げた。

 そこには、震える文字で一言だけ書かれていた。


 『 80点 』


 ギリギリの合格ライン。

 でも、それはどんな満点よりも価値のある数字だった。

 僕たちは顔を見合わせ、同時に吹き出した。


 *


 文化祭が終わった後の屋上。

 夕日が校庭をオレンジ色に染めていた。

 遠くから後夜祭の音楽が聞こえてくる。


「……廃部、回避できたね」


 先輩がフェンスに寄りかかり、風に髪をなびかせている。


「ええ。漆間と小箱の集客力も計算以上でした。最終的な満足度は92%。文句なしの勝利です」

「透くんのおかげだよ。……私、魔女になれてた?」


 先輩が不安そうに聞いてくる。

 僕は首を横に振った。


「いいえ」

「えっ……」

「魔女を超えていました」


 僕は先輩の目を真っ直ぐ見て言った。


「予測不可能な『心』という変数を扱いこなす、最高のオカルトでした。……論理では説明がつかないくらいに」


 先輩が目を丸くし、やがて顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「……バカ透。また変なこと言って」

「事実です」


 先輩は口元を緩め、小さな声で言った。


「……じゃあ、これからもよろしくね。私の共犯者さん」

「ええ。観測を続けますよ」


 僕は先輩の隣に立った。

 手と手が、自然と触れ合う距離。


「……あなたの魔法が解ける、その日まで」


 先輩がニヤリと笑う。


「解けるかな? 一生解けないかもよ?」


 夕日の中、二人の影が一つに重なる。

 オカルト部の魔女先輩と、理屈屋の僕。

 バグだらけで、非論理的で、でも愛おしい日常は、これからも続いていく。


 Q.E.D.(証明終了)。


(完)

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