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オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


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18/19

魔女先輩と台本外の魔法

 文化祭当日の朝。

 オカルト部の部室は、異様な雰囲気に包まれていた。


 窓は暗幕で閉ざされ、部屋の四隅には怪しげなLEDキャンドルが揺らめいている。

 中央にはビロードの布が掛けられたテーブルと、水晶玉。

 そしてその奥には、黒いローブに身を包んだ静久先輩が、玉座(パイプ椅子に布をかけたもの)に鎮座していた。


「……緊張する」


 先輩が小声で呟く。

 フードの下の顔は少し青白い。


「大丈夫です。システムは完璧に稼働しています」


 僕はバックヤード(と称した衝立の裏)で、ノートパソコンを開きながらインカム越しに伝えた。

 僕の目の前には、校内SNSのトレンド解析ツールと、漆間・小箱さんから送られてくるリアルタイム情報収集ログが表示されている。


「作戦通りにいけば、満足度80%は確実です。自信を持って演じてください」

「う、うん……。私は魔女、私は魔女……」


 先輩が深呼吸をする。

 その時、ドアが開いた。


「いらっしゃいませー……呪われますよー……」


 小箱さんの気だるげな呼び込みと共に、最初の客が入ってきた。

 二年女子二人組だ。


「えー、なんか本格的じゃん」

「すみません、恋愛運見てほしいんですけど……」


 客が席に着く。

 作戦開始だ。


 僕はモニターを睨んだ。

 漆間からの情報。『客A:バスケ部のタオル所持。スニーカーは新品。視線は頻繁にスマホへ』。

 小箱さんからの情報。『廊下で「次の試合が」と話していた』。

 僕はそれらの断片情報を統合し、論理的な推論を組み立てる。


(……ターゲット特定。バスケ部のレギュラー、あるいはマネージャーとしての悩み)


 僕はインカムに囁いた。


『先輩。彼女の想い人は、ボールを追う背中です』


 先輩が水晶玉に手をかざす。

 一瞬の間の後、低く、神秘的な声で告げた。


「……見えるわ。貴方の心にあるのは……コートを駆ける、汗の匂いね?」

「えっ!?」


 女子生徒が目を見開く。


「そ、そうです! 彼、バスケ部で……!」

「貴方は焦っている。新しい靴が、まだ足に馴染まないように……恋も空回りしているのかしら?」

「す、すご……! なんで分かるの!?」


 どよめきが起きる。

 先輩はフードの下でニヤリと笑い、さらに畳み掛ける。


「大丈夫。貴方の献身は、必ず届くわ。……次の試合、お守りを渡すといい」


 それは単なるアドバイスではない。

 心理学的に「行動のきっかけ」を与えることで、成就率を高める介入インターベンションだ。


「ありがとうございます! 魔女様!」


 女子生徒たちは目を輝かせて帰っていった。

 アンケート用紙には、迷いなく『大変満足』のチェックが入っていた。


「……やった」

『完璧です、先輩。この調子でいきましょう』


 その後も、客足は途絶えなかった。

 進路に悩む三年生には、直近の模試データ(漆間調べ)を元に助言を与え、人間関係に疲れた一年生には、SNSの裏アカウントの投稿内容から的確な慰めを与えた。

 的中率は100%。

 「オカルト部の占いがヤバいらしい」という噂は瞬く間に広がり、廊下には行列ができ始めていた。


 勝利は見えていた。

 このままいけば、廃部は回避できる。

 僕の論理と、先輩の演技があれば、どんな相手でも攻略できるはずだった。


 ――そう、あの人が来るまでは。


「……繁盛しているようですね」


 その声が響いた瞬間、部室の空気が凍りついた。

 行列を作っていた生徒たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 入り口に立っていたのは、腕章をつけた氷室レイ生徒会長だった。


「……視察に来ました。規則通り運営されているか確認するために」


 氷室会長は一人で入室し、まっすぐに先輩の前の椅子に座った。

 その背筋は定規のように伸び、表情には一切の隙がない。


「ひ、氷室会長……」


 先輩の声が上擦る。

 まずい。ラスボスの登場だ。

 僕はキーボードを叩く指を速めた。

 氷室レイの情報。家族構成、趣味、悩み。何か、何かないか。


(……ない)


 検索結果はゼロ。

 SNSのアカウントなし。交友関係のデータなし。成績は常にトップだが、それ以外の私的な情報が完全に遮断されている。

 鉄壁だ。


「では、私も占ってもらいましょうか」


 氷室会長が冷ややかに先輩を見据えた。


「私の『悩み』を当ててみなさい。……もし、納得のいく答えが出せなければ、この企画はインチキだと判断し、満足度には『不満』をつけさせていただきます」


 これはテストではない。処刑宣告だ。

 僕は焦った。

 データがない。コールド・リーディングを仕掛けようにも、彼女は表情を変えないため、反応が読めない。


『……先輩、まずは一般的な悩みで探りを入れてください。生徒会の激務による疲労、あるいは学業のプレッシャー……』


 苦し紛れの指示を出す。

 先輩がおずおずと口を開く。


「……貴方は、疲れているわね? 多くの責任を背負いすぎて……」

「ありきたりですね」


 氷室会長は鼻で笑った。


「バーナム効果(誰にでも当てはまる曖昧な記述)で誤魔化すつもりですか? 生徒会長が多忙なのは自明の理です。そんな誰にでも言える言葉に、価値はありません」


 一刀両断。

 先輩が怯む。


『……次は人間関係です。周囲からの期待と、孤独感……』

「……周りの人は、貴方の本当の姿を知らない。貴方は孤独……」

「主観的な感想です。私は孤独を感じていません。論理的に無駄な交流を省いているだけです」


 通じない。

 僕の論理も統計も、この鉄壁の理性の前では無力だ。

 僕の手が止まる。万策尽きた。


 その時。


 カサッ。


 インカムから、ノイズが聞こえた。

 先輩が、耳元のイヤホンを外した音だった。


『……透くん。もういいよ』


 モニターの中で、先輩が立ち上がった。

 透の指示(台本)を捨て、自分の足で、氷室会長の前に歩み寄る。


「……何ですか? ギブアップですか?」

「ううん。違うの」


 先輩は水晶玉を押しのけ、テーブル越しに氷室会長の顔を覗き込んだ。

 その瞳は、もう怯えていなかった。

 データを見る目じゃない。論理で解析する目じゃない。

 もっと深く、相手の心の奥底にある「自分と同じ匂い」を感じ取る目だ。


「ねえ、氷室さん」


 先輩の声が、静かに響く。


「貴方、泣き方を忘れてるでしょ」


 ピクリ。

 氷室会長の鉄仮面に、初めて亀裂が走った。

 眉が微かに震え、瞳孔が揺れる。

 

 それは、どんなデータにも載っていない、論理では導き出せない「真実」だった。


「……何を、根拠のないことを」

「根拠なんてないよ。でも、分かるの」


 先輩は悲しげに微笑んだ。


「貴方は私と同じだから。……『正しいこと』を演じるのに必死で、本当の自分の守り方が分からなくなっちゃったんだよね」


 台本にはない言葉。

 でもそれは、僕が作ったどんなロジックよりも鋭く、そして優しく、氷室レイという人間の核心を貫いていた。


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