魔女先輩と生徒会長のパラドックス
放課後の廊下を、三つの足音が響く。
先頭を行くのは静久先輩。その後に僕と、アルミホイル帽子を目深に被った漆間が続く。
「……ここが、組織の中枢ですか」
「ビビるな漆間。ただの生徒会室だ」
漆間はガチガチに震えていた。無理もない。これから乗り込むのは、この学校の法と秩序を司る最高機関だ。
だが、僕には勝算があった。
相手が持ち出してくるであろう「規則」や「実績」という概念に対し、論理的な反証を用意してきたからだ。
「行くよ」
先輩が意を決してドアをノックする。
中から「どうぞ」と短い声がした。
ガチャリ。
生徒会室は、冷房が効きすぎていて肌寒かった。
整然と並んだ机。積み上げられたファイル。
その奥の席に、一人の女子生徒が座っていた。
「オカルト研究部ですね。お待ちしていました」
生徒会長・氷室レイ。
銀縁眼鏡の奥の瞳は、まるで氷のように冷たく、感情の色がない。手元の書類から視線を外し、淡々と僕たちを見据えた。
「異議申し立てですか? 簡潔にお願いします。次の会議まで3分しかありません」
「3分あれば十分です」
僕は一歩前に出た。
先輩が不安そうに僕の袖を掴む。大丈夫だ、と目配せして、僕は口を開いた。
「今回の廃部勧告、および部室使用許可の取り消しについてですが、論理的根拠が薄弱です」
「ほう。具体的には?」
「まず『活動実績不明』という点。我々は独自の文献研究や、校内におけるフィールドワークを継続的に行っています」
僕は漆間が記録していた(ただの妄想ノートだが)活動日誌を提出しようとした。
しかし、氷室会長はそれを見ようともしなかった。
「その『研究』の成果物は、どこにありますか?」
「え……?」
「部誌の発行履歴はゼロ。文化祭での発表実績もなし。校庭使用許可の申請ログも存在しません。客観的に見て、あなたの主張は主観的感想の域を出ません」
冷徹な事実の羅列。
僕は言葉に詰まった。
「し、しかし、部としての活動実態は……」
「さらに言えば」
氷室会長は手元の資料を一枚めくった。
「部費の使途不明金。申請書の『備品代』で購入されたものの内訳が、大半を占めるのが『菓子類』および『清涼飲料水』です。これは横領にあたります」
――グゥの音も出ない。
あのポッキーも、怪しい色のジュースも、全部部費だったのか。
「つまり、あなた方の活動は『公的な部活動』の定義を満たしていません。ただの放課後の暇つぶしに、学校のリソース(部室と予算)を割くことは不当です」
完璧な正論だった。
僕が用意していた「解釈の余地」など、圧倒的な「規則」の前では無力だった。
論理で勝つどころか、論理で殴り殺されている。
「……でもっ!」
沈黙を破ったのは、静久先輩だった。
机に身を乗り出し、氷室会長を睨みつける。
「雑談だって、お菓子だって、私たちにとっては大事な儀式なの! それを紙切れ一枚で否定しないでよ!」
「真剣さ? それを数値化してください」
氷室会長は表情一つ変えずに切り捨てた。
「ここは教育機関です。あなたの個人的な『ごっこ遊び』に付き合う場所ではありません」
「っ……」
ごっこ遊び。
先輩の顔色が一気に青ざめた。
一番痛いところを、一番残酷な言葉で突かれたのだ。
「魔女ごっこがしたいなら、自宅でどうぞ。学校という公共の場を私物化しないでいただきたい」
先輩が唇を噛み締め、俯く。
その小さな肩が震えているのを見て、僕の中で何かが切れそうになった。
だが、それより先に切れたのは――
「――マスターを侮辱するな!!」
漆間だった。
彼はアルミホイル帽子を脱ぎ捨て、氷室会長に向かって投げつけた。
「俺たちの研究は崇高なんだ! お前みたいな石頭に分かってたまるか!」
「……暴力行為とみなしますよ。教師を呼びますか?」
氷室会長が冷ややかに受話器に手を伸ばす。
まずい。
「やめろ漆間!!」
僕は慌てて漆間を羽交い締めにした。
ここで暴れたら、廃部どころか停学だ。完全に終わる。
「離してください透先輩! 俺は……俺は許せないんだ!」
「これ以上心証を悪くするな! 黙ってろ!」
「……くそっ、俺が無力なばっかりに……!」
漆間がボロボロと悔し涙を流す。
完敗だった。
論理でも、感情でも、何一つ通用しなかった。
「……話になりませんね。お引き取りください」
氷室会長が冷たく告げる。
終わりだ。そう思った時。
「……ですが」
会長が眼鏡の位置を直し、僕たちを見据えた。
「規則第12条。異議申し立てには、再審査の権利があります」
「再審査……?」
「一週間後の文化祭。そこで、全校生徒に認められる『有意義な研究発表』を行ってください」
氷室会長は淡々と条件を告げた。
「来場者アンケートの満足度、80%以上。それが達成できなければ、即刻廃部とします。……以上です」
*
生徒会室を出た廊下は、重苦しい空気に包まれていた。
夕日が長く伸び、僕たちの敗北を照らし出している。
「……ごめんね、みんな」
先輩が消え入りそうな声で言った。
「私が……私がちゃんとしてなかったから……」
「謝らないでください、マスター! 悪いのはあの眼鏡サイボーグです!」
「いいえ。論理的に負けたのは僕です。準備不足でした」
僕は拳を強く握りしめた。
悔しい。
「ごっこ遊び」と言われたこと。
先輩の「魔女」としての振る舞いを、無価値だと断じられたこと。
それが、何よりも許せなかった。
「……まだ負けてません」
僕は顔を上げた。
「証明すればいいんでしょ。証明すれば」
「透くん……?」
「文化祭で、あいつを、全校生徒を唸らせる『最高のオカルト』を見せてやりましょう」
僕の言葉に、先輩が顔を上げた。
漆間が涙を拭いて立ち上がる。
崖っぷちの状況。
でも、ここで終わるわけにはいかない。
これは、僕たちの「居場所」を取り戻すための、最初で最後の戦いだ。




