表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オカルト部の魔女先輩は、僕の心が読めている(気がする)  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/19

魔女先輩と噂のノイズ

 放課後の図書室は、静寂と喧騒がまだら模様に混ざり合っている。

 僕は窓際の席で、借りていた『暗号理論の基礎』を読んでいた。


「ねえ、オカルト部の静久先輩って知ってる?」


 本棚の裏から、ひそひそ話が聞こえてきた。

 女子生徒のグループだ。知らない声。


「ああ、あの美人だけど変な人でしょ?」

「そうそう。なんか、人を呪ってるとか、嘘つきだとか聞いたよ」

「うわ、マジで? 関わらない方がいいよねー。イタイし」


 クスクスという忍び笑い。

 根拠のない噂話。確証バイアスに基づいた偏見。

 普段の僕なら、「非科学的な雑音ノイズだ」と切り捨てて無視する場面だ。


 ――ガタッ。


 僕は無意識に、椅子を乱暴に引いて立ち上がっていた。

 女子たちがビクリとしてこちらを見る。

 僕は彼女たちを一瞥することもなく、本を棚に戻して図書室を出た。

 

 胸の奥が、焼け付くように不愉快だった。

 イタイ? 変な人?

 何も知らないくせに。あの人がどれだけ不器用で、どれだけ分かりにくい優しさを持っているか、1%も理解していないくせに。


 外は、いつの間にか激しい雨が降っていた。


 *


 昇降口には、傘を忘れた生徒たちが溢れていた。

 その人混みの外れ、柱の陰に、見慣れた長い黒髪があった。


 静久先輩だ。

 鞄を抱え、ぼんやりと雨を見つめている。

 その背中は、どこか小さく、頼りなく見えた。


「あ、静久先輩だ」


 後ろから、さっきの女子グループがやってきた。

 彼女たちは先輩に気づくと、露骨にヒソヒソと話し始めた。


「うわ、こっち見てる。呪われるよw」

「目合わせちゃダメだって」

「なんかブツブツ言ってるよ、こわー」


 聞こえているはずだ。

 でも、先輩は振り返らない。何も言い返さない。

 ただ俯いて、自嘲気味に口の端を歪めている。


「……まあ、魔女だからね。嫌われて当然か」


 小さな呟きが、雨音に紛れて聞こえた。

 その横顔を見て、僕の中で何かが弾けた。

 理論も理屈もどうでもよくなった。


 僕は早足で歩み寄り、先輩の隣に立った。


「先輩」


 先輩が驚いて顔を上げる。


「透くん? まだ残ってたの?」

「ええ。……先輩、今の話ですが」


 僕は、あえて声を張り上げた。

 去り際の女子グループに聞こえるように。明確に、論理的に。


「統計的に見て、先輩に関わって不幸になった人間より、楽しそうにしている人間の方が多いです。現に、あの騒がしい部員たちを見れば明らかでしょう」

「え……透くん?」

「それに、先輩は嘘つきじゃありません」


 女子たちが足を止め、こちらを振り返る。

 僕は彼女たちを睨みつけるのではなく、ただ事実として告げた。


「……ただ、性格が少し捻くれてて、表現が分かりにくいだけです。それを『嘘』と呼ぶのは、解読能力の欠如です」


 シン、と一瞬だけ空気が止まった。

 女子たちは気まずそうに顔を見合わせ、逃げるように雨の中へ走っていった。


 残されたのは、僕と先輩だけ。

 激しい雨音が、周囲の雑音ノイズを全て洗い流していく。


 僕は鞄から折り畳み傘を取り出し、バサリと広げた。


「入ってください。駅まで送ります」

「……透くん、怒ってる?」


 先輩がおずおずと尋ねてくる。


「怒ってません。事実と異なる風評被害が不愉快なだけです」

「ふふ。……ありがと」


 先輩が傘の下に入ってくる。

 肩が触れ合う距離。

 雨の冷たさとは対照的に、先輩の体温が伝わってくる。


 しばらく無言で歩いた後、先輩がポツリと言った。


「私ね、昔からこうなんだ」


 視線は足元の水たまりに向けられている。


「本当のこと言うのが怖くて、嘘ばっかりついて、変なキャラ演じて……そうやって人を遠ざけてきたの。……だから、あの子たちが正しいよ。私は、イタイ魔女だよ」


 弱音だ。

 いつも強気で、僕をからかってばかりいる先輩の、初めて見る素顔。

 魔女の仮面の下にある、ただの臆病な女の子の顔。


 僕は立ち止まった。

 傘が揺れ、雨粒が弾ける。


「……僕は」


 先輩の方を向く。

 先輩も顔を上げ、僕を見る。その瞳が、雨のせいか少し潤んで見えた。


「僕は、その『分かりにくい嘘』を解読するのが好きですよ」

「え……?」

「難解な暗号ほど、解けた時の快感は大きいですから。……だから、今のままでいいんじゃないですか」


 言ってしまってから、顔が熱くなるのを感じた。

 なんてキザなセリフだ。科学的根拠も何もない。


 先輩が目を丸くして、瞬きをした。

 一度、二度。

 やがて、その瞳が細められ、いつもの悪戯っぽい光が戻ってくる。


「……透くん」

「な、なんですか」

「今のセリフ、録音しておけばよかった」


 先輩がニヤニヤしながら、僕の腕をツンと突く。


「えっ、今のなしで! 忘れてください! 一時的な感情の高ぶりによる失言です!」

「無理ー。一生忘れない呪いかけといた」


 先輩は嬉しそうに笑い、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。


「絶対、忘れないでね」


 雨音にかき消されそうな、小さな声。

 でも、その言葉は確かに僕の耳に届き、胸の奥深くに刻み込まれた。


 相合傘の中、二人の距離は今までで一番近かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ