第98話:産声
そして、運命の日が来た。
ミズガルズの中心広場は、この国に住まう全ての民で埋め尽くされていた。
ドワーフも、エルフも、獣人も、そして人間も。老いも若きも、男も女も、誰もがこの歴史的な瞬間を見届けようと、固唾を飲んで壇上を見つめている。
その視線の先にあるのは、この日のために設えられた、簡素だが、荘厳な空気を纏う壇上。
広場は、緊張と期待が入り混じった、不思議な静寂に包まれていた。
正午の鐘が、高らかに鳴り響く。
それを合図に、僕は、ミリアやグルドさんたちに付き添われ、壇上へと歩みを進めた。
僕が壇上の中央に立つと、地鳴りのような歓声が広場を揺るがした。
「「「リオ様ー!!」」」
民が、僕の名を呼んでいる。
その一人一人の声が、僕に勇気と力を与えてくれる。
僕は、広がる民の海を見渡し、ゆっくりと息を吸い込んだ。
隣に立つミリアが、僕の手をぎゅっと握りしめる。その手の温かさが、僕の緊張を和らげてくれた。
僕は、魔法で拡張された声で、集まった全ての民に語りかけた。
「――ミズガルズの民よ!」
僕の声が、広場の隅々にまで響き渡る。
民衆は、ぴたりと歓声を止め、僕の次の言葉を待っていた。
「我々は、この嘆きの荒野で出会った。人間は、我々を亜人と呼び、蔑み、この不毛の地に追いやった。我々は、常に飢え、奪われ、そして差別されてきた」
僕は、過去の苦難を、敢えて口にした。
それを忘れてはならない。それが、僕たちの出発点だからだ。
「だが、我々は屈しなかった! 我々は、種族の壁を越えて手を取り合い、この荒れ果てた大地を、豊かな実りの大地へと変えてみせた! それは、誰かから与えられたものではない! 我々自身の力で、血と汗と涙で、勝ち取ったものだ!」
僕の言葉に、民衆の中から、力強い雄叫びが上がる。
「そうだ!」
「俺たちの国だ!」
僕は、さらに言葉を続ける。
「しかし、王国は、そんな我々の平和を、未来を、再び奪おうとしている! 理不尽な重税で我々の富を奪い、我らの子らを人質として差し出せと命じた! 彼らは、我々を、再び奴隷にしようとしているのだ!」
民衆の顔に、怒りの色が浮かぶ。
僕は、その怒りを、一つの希望へと昇華させるため、天に拳を突き上げた。
「だが、我々はもう奪われない! 我々はもう屈しない! 我々は、我らの未来を、我らの手で創る!」
その言葉に、民衆の熱狂は最高潮に達した。
そして、僕は、この国の歴史を永遠に変える、その一言を、高らかに宣言した。
「本日をもって、我々ミズガルズは、アークライト神聖王国からの完全なる独立を宣言し、ここに、新国家『ミズガルズ』の建国を、高らかに宣言する!!」
その瞬間、大地が震えるほどの大歓声が、天を衝いた。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
民衆は、抱き合い、涙を流し、拳を突き上げ、自分たちの国の誕生を、心の底から祝福していた。
その歓声に応えるかのように、僕の足元の影から姿を現した聖獣ハクが、天に向かって、高らかな咆哮を上げた。
「グルオオオオオオオオオオッ!!」
聖獣の咆哮は、神の祝福そのものだった。
それは、このミズガルズという国が、神にさえ認められた正当な国家であることを、世界に知らしめる産声だった。
僕は、眼下に広がる歓喜の渦を見下ろし、胸が熱くなるのを感じた。
「……リオ様」
隣に立つミリアが、感極まったように、僕の名前を呼んだ。
彼女の瞳は、喜びの涙で潤んでいる。
僕は、そんな彼女の手を、優しく、そして力強く握り返した。
「ありがとう、ミリア。君がいてくれたから、僕はここまで来れた」
「……っ!」
僕の言葉に、ミリアは顔を真っ赤にして、しかし、幸せそうに微笑んだ。




