第93話:広場の攻防
僕たちが王国への返答を決めかねている間も、時間は容赦なく過ぎていく。
マルクス殿と、彼が率いる十数名の王国騎士たちは僕たちからの回答を待つ間、聖獣の郷の迎賓館に滞在していた。
マルクス殿自身は僕たちの葛藤を理解してか、静かに回答の期限を待ってくれていた。しかし、彼の部下である騎士たちはそうではなかったらしい。
回答期限の三日目の昼下がり。事件は、聖獣の郷で最も賑わう中央広場で起こった。
「――おい、お前だ。犬獣人の小僧。貴様、徴兵リストに名があったな。我々と共に来い」
非番だったのか、鎧を半脱ぎにした二人の王国騎士が、市場で買い物をしていた一人の犬獣人の若者に絡んでいた。
その手にはどこから手に入れたのか、リアムが作成した徴兵対象者のリストが握られている。
突然腕を掴まれた若者は、驚きと恐怖に目を見開いた。
「な、何をするんですか! まだ、リオ様からの正式な返答は……!」
「黙れ! どうせ貴様ら蛮族が王命に逆らえるはずもなかろう! 我らが直々に連行してやる!」
騎士たちは若者の腕を掴む力を強め、無理やり引きずっていこうとする。
そのあまりに横暴な振る舞いに、周囲で買い物をしていた民たちが次々と集まってきた。
「やめろ!」「その子を放しなさい!」
最初に声を上げたのは、市場で店を営む獣人族の女性たちだった。
彼女たちは若者を庇うように、騎士たちの前に立ちはだかる。
しかし、騎士たちはせせら笑うように彼女たちを一瞥しただけだった。
「下がれ、女ども。これは国王陛下の命令だ。王命に逆らうというのなら、貴様らも反逆者と見なすぞ」
「反逆者ですって!? 先に手を出したのはそっちじゃない!」
「そうだそうだ! ここは聖獣の郷だ! 王国の勝手は許さないぞ!」
民の怒りの声は一人、また一人と増えていき、やがて広場全体を包む大きなうねりとなっていく。
近くで露店を開いていたドワーフの男たちも、商売道具のハンマーを手にじりじりと騎士たちとの距離を詰めていた。
広場の空気は一触即発。今にも、血の匂いが立ち上りそうなほどの緊張に満ちていた。
「どけと言っているのが聞こえんのか、愚民どもが!」
民の抵抗に業を煮やした騎士の一人が、ついに実力行使に出た。
彼は一番近くで声を上げていたドワーフの男を、力任せに突き飛ばす。
「ぐわっ!」
不意を突かれたドワーフの男はなすすべもなく地面に倒れ込み、背中を強く打ち付けた。
「「「――っ!!」」」
その瞬間、民衆の怒りが沸点を超えた。
「よくもやったな!」「許さんぞ、王国騎士!」
ドワーフたちが雄叫びを上げ、獣人たちが牙を剥く。
聖獣の郷の平和な日常が、王国の騎士が振るった一本の暴力によって今まさに破られようとしていた。
「ちっ、面倒な奴らだ……。おい、さっさとこの小僧を連れていくぞ!」
騎士たちは騒ぎがこれ以上大きくなる前にと、犬獣人の若者を強引に連れ去ろうとする。
若者は必死に抵抗するが、鍛え上げられた騎士の力には敵わない。
ああ、もう駄目だ。若者が連れて行かれてしまう。
広場の誰もがそう思い唇を噛み締めた、その時だった。
凛とした、しかし有無を言わせぬほどの強い意志を宿した声が、群衆の中から響き渡った。
「――その者を、放しなさい」
その声に、騎士たちも騒いでいた民衆も、誰もがはっとしたように動きを止める。
群衆が、モーゼの海割りように左右に分かれ一本の道ができた。
その道の先から、ゆっくりと歩いてくる人影。
僕だった。
僕の隣にはミリアとセブンが、そして後ろにはグルドさんとリアムが続いている。
僕たちの登場に、民衆の顔に安堵の色が浮かんだ。
聖獣の郷の平和を揺るがす、突然の暴力。
その小さな火種は僕の登場によって、さらに大きく燃え盛るのか、それとも……。
広場の全ての視線が、僕の一挙手一投足に注がれていた。




