第90話:民の総意
僕たち幹部が「徹底抗戦」の意思を固めた翌日。
王国からの理不尽な要求の内容は、リアムの情報網を通じて瞬く間に聖獣の郷の民に知れ渡ることとなった。
当然、民の間には大きな動揺と不安が広がった。
相手は大陸最大の軍事力を持つアークライト神聖王国。辺境の小さな郷である僕たちが、まともに戦って勝ち目がないことなど誰もが理解していたからだ。
しかし、その不安は決して絶望や諦めには繋がらなかった。
むしろ、それはやがて王国に対する燃え盛るような怒りと、僕たちの郷への強い誇りへと変わっていった。
夜の酒場。
ドワーフの男たちがエールを呷りながら、テーブルを叩いて息巻いていた。
「王国がなんだってんだ! 俺たちの稼ぎを根こそぎ奪って、子供まで差し出せだと? 冗談じゃねえ!」
「そうだそうだ! 俺たちはもう王国の民じゃねえ! 聖獣の郷の民だ! 俺たちの主は、リオ様ただ一人よ!」
隣のテーブルでは、犬獣人や猫獣人の若者たちも槍の手入れをしながら同調する。
「俺たちの牙と爪は、リオ様とこの郷のためにある。王国の連中に好き勝手させるもんか」
「ああ。いざとなったら、俺たちが戦ってやる。この郷は、俺たちの手で守るんだ」
彼らの瞳に恐怖の色はなかった。
あるのは、自分たちの故郷を自分たちの手で守り抜くという、熱い決意だけだった。
昼の市場でも、状況は同じだった。
井戸端会議に集まった母親たちは、不安を口にしながらも決して下を向いてはいなかった。
「うちの子も、来年15歳になるのよ。あんなところに連れて行かれて、一体どうなるか……」
「大丈夫よ。リオ様が、そんなことを許すはずがないわ」
「そうよね。私たちは、リオ様を信じましょう。あの方はいつだって私たち民のことを一番に考えてくださるもの。私たちも、私たちにできることをしないと」
一人の母親がそう言うと、周りの母親たちも力強く頷く。
彼女たちは、いざという時のために食料を備蓄し、薬草を集め始めた。男たちが戦うのなら、自分たちは後方支援で郷を支える。その覚悟が彼女たちの間にも生まれていた。
僕たちがこの地で築き上げてきた絆は、僕が思っている以上に強く、そして深く民の心に根付いていたのだ。
そして、運命の三日目の朝。
マルクス殿に返答をする直前、僕の執務室に各種族の代表者たちが集まっていた。
ドワーフのグルドさん、エルフのリアム、獣人族のミリアだけではない。農家の代表、職人の代表、そしてごく普通の民の代表者まで、数十人が部屋を埋め尽くしていた。
その誰もが、真剣な、そして覚悟を決めた顔をしていた。
代表者の一人である初老の兎獣人が一歩前に進み出る。
彼は、僕がこの地で初めて出会った獣人族の長老だった。
「リオ様。我々がここへ来た理由は、ただ一つ。我ら民の総意を、あなたにお伝えするためです」
彼はそう言うと、その場に深くひざまずいた。
それに続くように、その場にいた全員がまるで示し合わせたかのように、一斉に僕の前に膝をついたのだ。
「なっ……!? 皆さん、顔を上げてください!」
僕が慌ててそう言うも、誰も立ち上がろうとはしない。
長老は床に頭をつけたまま、静かに、しかし力強い声で続けた。
「我々は、もはや王国の民ではありません。我々は、あなたがその慈悲と知恵で救ってくださった聖獣の郷の民です。我らの忠誠は、あなたにのみ捧げられます」
別の代表者が、言葉を続ける。
「我らの富も、我らの命も、全てはあなた様とこの郷のためにあります。王国の理不尽な要求のために、それらを差し出すつもりは毛頭ございません」
「どうか、我々をあなたの民として戦わせてください!」
「我らの剣と、我らの魔法を、この郷のために振るうことをお許しください!」
「我々は、あなたと共に戦い、あなたと共に死ぬ覚悟もできております!」
民の声が、波のように僕に押し寄せる。
それはもはや単なる嘆願ではなかった。
この郷を守るためならば命を懸けることも厭わないというみんなの、魂の総意だった。
僕は目の前でひざまずく彼らの姿に、言葉を失った。
守るべきだと思っていた民に、逆に「共に戦わせてほしい」と、その覚悟を突きつけられている。
僕はゆっくりと目を閉じた。
そして、彼らの想いを、その覚悟の全てを、この身に受け止めることを決意した。
民の総意は、示された。
僕が進むべき道は、もはや一つしかなかった。




