第85話:祝祭の灯火
ミズガルズ祭の当日がやってきた。
朝から、街は祝福としか言いようのない熱気に包まれていた。
中央広場へと続くメインストリートには、この日のために用意された色とりどりの屋台がずらりと並び、道行く人々の笑顔が弾けている。
「さあ、見てってくれ! ドワーフ謹製の鍬だ! 切れ味も耐久性もそこらのとは訳が違うぜ!」
広場の一角では、グルドさんの一番弟子が自慢の農具を並べて声を張り上げている。その隣では、彼の妻がこしらえた鉄製のアクセサリーが女性たちの人気を集めていた。
彼らの打つ鉄製品はもはやただの道具ではない。聖獣の郷の民の生活を豊かにする、誇るべき特産品だ。
食べ物の屋台が並ぶエリアからは、食欲をそそる匂いが絶え間なく漂ってくる。
「はい、お待ちどうさま! 森のキノコたっぷり、兎獣人族秘伝のクリームスープだよ!」
ミリアのお母さんが満面の笑みでスープを手渡している。その周りでは、犬獣人族が焼く骨付き肉の香ばしい匂いや、猫獣人族が作る魚の串焼きの匂いが混ざり合い、幸せなハーモニーを奏でていた。
少し離れた場所では、エルフたちが薬草を使った体験工房を開いていた。
「この葉は痛みを和らげる効果があります。こちらの根は、お茶にして飲むとよく眠れますよ」
リアムの妹が子供たちに薬草の知識を優しく教えている。参加した人々は、自分たちで調合したポプリやハーブティーを手に、嬉しそうに工房を後にしていく。
追放され、この何もない荒野にやってきた時には想像もできなかった光景だ。
異なる種族が互いの文化を尊重し、笑い合っている。これこそが、僕が夢見た国の姿だった。
「リオお兄ちゃん、あっち行こー!」
「わたあめ、食べたい!」
僕が感慨に浸っていると、カカンとココンが僕の両手をぐいぐいと引っ張った。
二人も祭りの雰囲気にすっかり興奮しているようだ。
「はいはい、分かったから。そんなに引っ張らないでくれ」
僕が苦笑しながら二人に引かれて歩いていると、道行く人々が僕に気づいて次々と声をかけてくれる。
「リオ様! おかげさまで、今年の冬は安心して越せそうです!」
「うちの息子が、ドワーフの鍛冶屋に弟子入りさせてもらえることになったんですよ! ありがとうございます!」
「この前の薬、よく効きました! さすがはエルフの知恵ですね!」
誰もが晴れやかな笑顔で僕に感謝を伝えてくれる。
その一人一人の声が、言葉が、僕の胸に温かく響いた。
僕の後ろを歩いていたミリアは、その光景を自分のことのように喜び、誇らしげに微笑んでいる。
その隣で、セブンは「マスターに対する領民の支持率、98.7%に上昇。良好な統治状況と判断」と、相変わらずの調子で分析結果を記録していた。
陽が傾き、西の空が茜色に染まる頃、祭りの雰囲気は熱気から幻想的な静けさへと姿を変えた。
リアムが準備した、祭りのための特別な瞬間だ。
広場に集まった人々が見守る中、リアムがそっと目を閉じる。
すると、街中に張り巡らされたエルフのランタンが、まるで合図を受けたかのように一斉に柔らかな光を灯し始めた。
「「「おお……!」」」
広場から感嘆のどよめきが上がる。
木々の枝に、家々の軒先に、そして広場のモニュメントに。無数の光の粒が、まるで天の川が地上に降りてきたかのように聖獣の郷の夜を優しく照らし出す。
それは、魔法の光だった。
炎の光でも月の光でもない。エルフたちがこの日のために精霊の力を借りて灯した、祝福の光。
ドワーフも、獣人も、エルフも、そして僕も。全ての民がそのあまりに幻想的な光景に言葉を失い、ただただ見とれていた。
僕たちが築き上げたこの郷が、星々の祝福を受けている。
そんな気がして、僕は胸が熱くなるのを感じた。
祝祭の灯火は僕たちの未来を照らす道標のように、聖獣の郷の夜空をどこまでも明るく照らし続けていた。




