第84話:それぞれの準備、一つの想い
ミズガルズ祭の開催が決定して以来、聖獣の郷はまるで一つの生き物になったかのように活気に満ち溢れていた。
誰もが祭りの成功という一つの想いを胸に、それぞれの得意分野を活かして準備に励んでいる。
中央広場では、グルドさん率いるドワーフたちが祭りのシンボルとなる巨大なモニュメントの建設を進めていた。
カン、カン、とリズミカルな槌の音が響き渡り、火花が散る。彼らの手によって、ただの鉄塊が生命を吹き込まれたかのように美しい曲線を描き出していく。
その姿は力強く、そしてどこか楽しげだった。
「おう、リオ! 見てくれ、この曲線美! エルフの奴らに負けないくらい優美だろう?」
グルドさんが汗を拭いながら、自慢げにモニュメントを指さす。それは炎と各種族の道具をモチーフにした、荒々しくも美しい彫刻だった。
市場に足を運べば、ミリアが指揮する獣人族たちが祭りのための食材集めに奔走していた。
森で採れた珍しいキノコ、川で獲れたばかりの新鮮な魚、そして自分たちが育てた色とりどりの野菜。屋台の計画を立てながら、どの料理を作るかで盛り上がっている。
「リオ様! これ、味見してみてください! カカンとココンが見つけてきた甘い木の実なんです!」
ミリアに促され、木の実を一つ口に放り込む。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、思わず顔がほころんだ。
街の通りでは、リアムが手配したエルフたちが祭りの夜を彩るランタンの飾り付けを行っていた。
彼らは木々や建物を傷つけないように、まるで歌うように蔓を編み、そこに精霊の光を宿した水晶を吊るしていく。その手つきは繊細で、芸術的ですらあった。
誰もが自分たちの文化を披露できることを誇りに思い、同時に他の種族の文化に触れることを楽しみにしている。
その熱気が、聖獣の郷全体を温かい幸福感で包み込んでいた。
そんな中、一人だけこの「祭り」という文化の理解に苦しんでいる者がいた。
僕の秘書、セブンだ。
「ミリア。そのランタンの配置は幾何学的に非対称です。中央通りからの視認性を考慮し、3.5度右にずらすことでより多くの住民の視野角をカバーできます。修正を提案します」
「いいんです! ちょっとくらい歪んでる方が、手作り感があって味が出るんですよ! 気持ちの問題です!」
「グルド。そのモニュメントの溶接部分ですが、強度計算上は75%の力で十分です。過剰な装飾はリソースの無駄遣いに繋がります」
「うるせえ! 美しさに理屈なんざいらねえんだよ! 魂を込めて打つ! ただそれだけだ!」
セブンは善意から準備を手伝おうと様々な「最適化案」を提案するのだが、そのたびにミリアやグルドさんから猛反発を食らっていた。
彼女にとって、祭りの準備というのは非効率と無駄の塊にしか見えないらしかった。
しょんぼりと僕の元へ戻ってきたセブンに、僕は苦笑しながら声をかけた。
「みんな、君の提案が間違っているとは思っていないよ。ただ、今は効率よりも大切なものがあるんだ」
「効率よりも、大切なもの……? 理解できません。マスター、それはどのような概念でしょうか」
セブンが不思議そうに首を傾げる。
僕は広場に響き渡る槌の音と市場の賑やかな声に耳を澄ませながら、ゆっくりと彼女に語りかけた。
「例えば、グルドさんたちはただモニュメントを作っているだけじゃない。ドワーフの誇りと技術を、みんなに見てほしいんだ。ミリアたちも、ただ料理を作るだけじゃなく、自分たちの故郷の味をみんなに知ってほしいと思っている」
「……」
「こういう、一見すると無駄に見えるものの中にこそ、心の豊かさがあるんじゃないかな。みんなで一つのものを作り上げる喜び。誰かが喜んでくれることへの期待。そういうものが、僕たちの心を温かくしてくれるんだと思う」
僕の言葉を、セブンは黙って聞いていた。
彼女のアメジストの瞳が、何かを懸命に思考するようにめまぐるしく揺れ動く。
やがて、彼女は手元の端末に新しい文字を打ち込み始めた。
「……『心の豊かさ』。新規パラメータとして登録。関連情報の収集と解析を開始します」
そう呟いたセブンの横顔は、まだどこか戸惑っているように見えた。
けれど、その瞳の奥には今までなかった新しい光が灯ったような気がした。
論理と効率だけでは測れない、温かくて少しだけ面倒で、そしてかけがえのないもの。
セブンがその価値を本当に理解できる日は、まだ少し先のことかもしれない。




