第83話:祭りの名は「ミズガルズ」
農耕ゴーレムと環境制御温室の本格稼働により、聖獣の郷の食糧事情は劇的な改善を見せた。
黄金色の小麦が風に揺れ、温室では季節を問わず瑞々しい果物が実る。
誰もが飢えの心配なく日々の労働に励むことができる。そんな、かつては夢物語だった光景が今や日常となっていた。
豊かな実りの秋を迎えたある日、僕は聖獣の郷の主要メンバーを集めて一つの提案をした。
「――また、祭りですか?」
僕の言葉に、ミリアが嬉しそうに瞳を輝かせた。
以前、まだこの地が聖獣特区と呼ばれていた頃に開いた、第一回の大収穫祭を思い出したのだろう。
会議室には僕とミリアの他に、ドワーフの長であるグルドさん、エルフの商人リアム、そして僕の秘書であるセブンが集まっていた。あの頃の収穫祭にはいなかった顔ぶれだ。
「うん。でも、今度は少し趣向を変えたいんだ」
僕は続ける。
「以前の収穫祭は、僕たちがこの地で生き抜いてきた証を祝うためのものだった。でも、今はどうだろう。グルドさんたちドワーフも、リアムたちエルフも加わり、僕たちは多様な文化を持つ一つの大きな家族になった。だから、ただの収穫祭じゃない。この豊かな実りに感謝すると同時に、僕たち全員の文化を祝い、互いを尊重しあうための、全く新しい『統一祭』として開催したいんだ」
僕の提案に、会議室は一瞬静まり返った。
しかし、その静寂を破ったのはグルドさんの豪快な笑い声だった。
「祭りか! そいつはいいな! ドワーフの祭りは炎と鉄の祭りだ! 一晩中、炉の火を絶やさず、酒を酌み交わしながら自慢の武具を打ち鳴らすのよ!」
「待ってください、グルド殿」
グルドさんの言葉を遮ったのはリアムだった。彼はやれやれと肩をすくめる。
「我々エルフにとって、祭りは静寂と共にあるものです。星々の運行に感謝を捧げ、森の精霊たちと対話する神聖な儀式。あなた方のように、ただ騒ぐだけのものは祭りとは言えませんな」
「なんだと、リアム! 祭りが騒がなくてどうする!」
「品がないと言っているのですよ」
途端に睨み合いを始めるグルドさんとリアム。
ミリアが慌てて仲裁に入った。
「お二人とも、落ち着いてください! 私たち獣人族の祭りは、大地の実りへの感謝が中心です。みんなでご馳走を分け合い、歌って踊るのが習わしですから……どちらかというと、ドワーフさんの祭りに近いかもしれません」
ミリアの言葉に、グルドさんは「見ろ、リアム!」と勝ち誇った顔をし、リアムはますます眉間の皺を深くする。
獣人族の「収穫への感謝」。
ドワーフの「炎と鉄への祈り」。
エルフの「星々への敬意」。
それぞれが各種族の文化の根幹にある思想だ。どれもが尊く、大切なもの。これらを無理やり一つにまとめることは、彼らの誇りを傷つけることになりかねない。
議論は平行線を辿り、会議は暗礁に乗り上げかけた。
その時、それまで黙って議事録を取っていたセブンが静かに口を開いた。
「提案します。各種族の文化を『融合』させるのではなく、『尊重』し、一つの祭りの期間内にそれぞれの儀式を『並行開催』してはいかがでしょうか」
「並行開催?」
「はい。例えば、祭りの初日はエルフの様式に則り、星々を迎える静かな儀式を執り行う。二日目は獣人族の伝統に従い、収穫した作物を使った料理を皆で分かち合う。そして最終日には、ドワーフの祭りのように広場で盛大に火を焚き、歌い踊る。そうすれば、各種族の文化を損なうことなく、互いの文化を理解し、尊重する機会にもなります」
セブンの論理的かつ具体的な提案に、僕たちは目から鱗が落ちる思いだった。
グルドさんもリアムも、それならばと納得の表情を浮かべている。
「なるほどな。俺たちの儀式も尊重されるなら文句はねえ。それに、エルフの小難しい儀式とやらを肴に酒を飲むのも、一興かもしれん」
「……それは聞き捨てなりませんな。ですが、まあ、あなた方の騒がしいだけの宴も、たまには悪くないかもしれません。提案を受け入れましょう」
こうして、聖獣の郷初となる統一祭の基本方針が固まった。
最後に、僕はこの祭りの名前について一つの提案をした。
「この祭りの名前なんだけど……『ミズガルズ祭』というのはどうかな」
ミズガルズ。
古代語で「人の住まう世界」を意味する言葉。
そこには、獣人もドワーフもエルフも人間も、全ての種族が「人」として共に生きる国、という僕の願いが込められている。
僕の言葉の意図を、ここにいる誰もが理解してくれた。
「ミズガルズ祭……。いい名前ですね、リオ様」
ミリアが嬉しそうに微笑む。
グルドさんもリアムも、満足げに頷いていた。




