第80話:未来への胎動
宴の喧騒から少しだけ離れたくて。
僕は一人、村を見下ろせる小高い丘の上に登っていた。
眼下には広場の温かい光と楽しげな音楽。
その周りに広がる僕たちの村の家々の灯り。
その一つ一つにかけがえのない仲間たちの暮らしがある。
僕は目を閉じた。
僕の脳裏に新たな未来のビジョンが広がっていく。
広大な畑を一糸乱れぬ動きで耕していく農耕ゴーレムたち。
その傍らで子供たちが安心して駆け回り、老人たちが穏やかに談笑している。
ミリアは新しい作物の品種改良に目を輝かせ、グルドさんは見たこともない合金で便利な農具を作り出している。
リアムは僕たちの村の産物を世界中に届け、富と新たな仲間を連れて帰ってくる。
病に苦しむ者はいない。飢えに凍える者もいない。
誰もが笑い、支え合い、自らの役割に誇りを持って生きている。
僕が夢見た楽園の光景。それはもう決して夢物語ではなかった。
「……綺麗ですね」
不意に隣から優しい声が聞こえた。
いつの間にかミリアが僕の隣に立っていた。
彼女も僕と同じように村の灯りを愛おしそうに見つめている。
「うん。本当に綺麗だ」
「……少しお疲れですか? 色々ありましたから」
彼女は僕の身を案じ、労いの言葉をかけようとしてくれた。
その優しさが僕の心に温かく染みる。
僕が彼女に礼を言おうとした、その時だった。
音もなく僕たちの背後にセブンが現れた。
「――マスター。バイタルデータに軽度のストレス反応を検知しました。長時間の思考は脳に負荷をかけ非効率です。速やかな休息を推奨します」
セブンは相変わらずの無機質な口調で僕の体調を分析してみせた。
その言葉にミリアがカチンときたように反論する。
「……少し考え事をしているだけです! あなたには関係ありません!」
「いいえ、関係あります。マスターのコンディションを常に最高の状態に維持すること。それが私の最優先事項です。感情的な判断は時に最適解の導出を妨げます」
「感情がなければ人の痛みも喜びも分からないではありませんか!」
「痛みや喜びは生体反応の一環です。それらはすべて数値化し、分析することが可能です」
一歩も引かない二人。論理と感情の真っ向からの衝突。
僕はその間で苦笑いを浮かべるしかなかった。
けれど不思議と嫌な気はしなかった。
僕はそっと二人の頭に手を置いた。
「……ありがとう、二人とも」
「「え……?」」
突然の僕の行動に二人は驚いたように僕を見上げた。
「ミリア。君のその優しさが僕の心をいつも救ってくれる。君が隣にいてくれるだけで、僕はどんな困難にも立ち向かえる気がするんだ」
「……リオ、さん……」
ミリアが頬を赤く染める。
「セブン。君のその論理的なサポートが僕の進むべき道を示してくれる。僕一人では見落としてしまうような危険や可能性を君は教えてくれる」
「……マスター……」
僕は二人の瞳をまっすぐに見つめて微笑んだ。
「感情的な支えと論理的なサポート。その両方が今の僕には必要なんだ。二人とも僕の大切な仲間だよ」
僕の言葉に二人は顔を見合わせ、少しだけ気まずそうにそっぽを向いた。
僕はそんな二人の様子に温かいものを感じながら、改めて眼下の村を見下ろした。
そして決意を新たにする。
「――どんな脅威が来ようと、この村は僕が必ず守り抜く」
そうだ。僕にはもう守るべきものがある。守りたい仲間たちがいる。
「さあ、戻ろう。みんなが待っている」
僕が村へと歩き出すと、セブンが半歩後ろを寸分の狂いもなくついていく。
その光景を見ていたミリアは小さく唇を噛み締めた。
「……私の戦いもまだ始まったばかり、ね」
彼女が誰にも聞こえない声でそう呟いた、その時だった。
遥か上空。
雲の切れ間で何かが一瞬、キラリと赤く光った。
それはまるでこの星を見下ろす巨大な獣の目玉のようにも見えた。
僕たちのささやかな祝宴も恋の鞘当ても、何もかもを嘲笑うかのように。
その不吉な光に気づく者はまだ誰もいなかった。
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