第79話:地上へ
数日ぶりに僕たちは地上へと帰還した。
遺跡のひんやりとした人工的な空気とは違う。
暖かな太陽の光と土の匂いを含んだ優しい風が僕たちの頬を撫でた。
「……帰ってきましたね」
ミリアが眩しそうに目を細めながら呟いた。
その声には疲労と安堵と誇らしさが入り混じっていた。
僕たちの帰還を見つけた村人たちがわっと駆け寄ってくる。
「おお! 調査団のお帰りだ!」
「皆さん、ご無事で何よりです!」
しかし彼らはすぐに僕たちの隊列に見慣れない人物が加わっていることに気づいた。
月光を溶かしたような銀色の髪。血のように赤い瞳。
この世の者とは思えないほど完璧に整った顔立ち。
「……あの綺麗な人は誰だ……?」
「エルフ……とは違うようだが……」
村人たちが遠巻きにセブンを見つめ、ひそひそと噂をしている。
そんな中、最初に彼女の元へと駆け寄ったのはカカンとココンだった。
「わあ……! お人形さんみたい……!」
「綺麗……!」
二人は物怖じすることなくセブンの手を握り、その赤い瞳をキラキラとした目で見上げている。
セブンはそんな二人を不思議そうに、ただ無表情で見下ろしていた。
その日の夕方。僕は村の広場に全村人を集め、今回の調査の成果を報告した。
「――僕たちはこの土地の地下に古代文明の巨大な遺跡を発見した。そしてその叡智の一部を地上へ持ち帰ることに成功した!」
僕はセブンに命じて一体の農耕ゴーレムを広場へと運び込ませた。
村人たちは初めて見る蜘蛛型の巨大な機械に度肝を抜かれていた。
「このゴーレムは僕たちに代わって畑を耕し、作物を育ててくれる! もう誰も過酷な労働に苦しむ必要はない!」
さらに僕は遺跡から持ち帰った様々な薬草や果実を皆に見せた。
特に万能薬の原料となる【ルミナス・モス】が青白い光を放つと、村人たちからどよめきが起こった。
「僕たちの村はこれからもっと豊かになる! 誰も飢えることなく、病に苦しむことなく、笑って暮らせる楽園になるんだ!」
僕の宣言に広場は割れんばかりの歓声と熱狂に包まれた。
誰もが手を取り合い、歌い、踊り、輝かしい未来の到来を祝っていた。
僕はその輪の中心でセブンを皆に紹介した。
「そして彼女がセブン。この遺跡の技術を僕たちに授けてくれる新たな仲間だ」
「――セブンと申します。これよりマスター・リオの指揮の下、皆様の生活をサポートします。よろしくお願いします」
セブンの感情のこもらない自己紹介に村人たちは一瞬戸惑ったようだった。
けれど僕が「仲間だ」と強調すると、すぐに温かい歓迎の拍手で彼女を迎え入れてくれた。
その夜は村の歴史に残る盛大な祝宴が開かれた。
僕も仲間たちとテーブルを囲み、勝利の美酒に酔いしれていた。
そんな僕の元へミリアが大きな鍋を抱えてやってきた。
「リオさん! これ、今日のために腕によりをかけて作ったんです! たくさん食べて、疲れを癒してくださいね!」
彼女が差し出してくれたのは猪の肉とたっぷりの野菜をじっくりと煮込んだ特製のシチューだった。
湯気と共に食欲をそそるいい匂いが立ち上る。それは彼女の愛情がたっぷり詰まった一品だった。
「わあ、ありがとう、ミリア! すごく美味しそうだ!」
僕がスプーンを手に取り、そのシチューを口に運ぼうとした、その瞬間だった。
「――お待ちください、マスター」
僕の隣にいつの間にか座っていたセブンが僕の腕をそっと制止した。
「え? どうしたんだい、セブン?」
「――栄養分析の結果、この料理はマスターの一日の最適脂質摂取量を12パーセント上回っています。また塩分濃度も推奨値を超過。健康のため摂取はお勧めできません」
セブンは淡々とそう告げると、どこからか取り出したハーブと木の実だけが入ったサラダを僕の前に差し出した。
「――こちらを推奨します。栄養バランスは完璧です」
――シン……。
僕たちのテーブルだけ宴の喧騒が嘘のように静まり返った。
シチューの皿を持ったまま満面の笑みで固まっているミリア。
目の前のサラダとミリアのシチューを見比べ、「へえ、すごい技術だねえ」と純粋に感心してしまっている僕。
そんな僕たちを見て、「こいつは面白くなってきたわい」とニヤニヤと酒を飲むグルドさんと、「やれやれ、前途多難ですね」と額に手を当てるリアム。
宴の喧騒の中で。
僕の隣の席を巡る少女たちの静かな、しかし熾烈な戦いの火蓋は今、切って落とされたのだった。




