第76話:新たなマスター
薄れゆく意識の中で。僕は見た。
カプセルの上で立ち尽くしたまま動かない、銀髪の少女の姿を。
その赤い瞳は僕をただじっと見つめていた。
「リオ……!」「リオさん!」「しっかりしろ、小僧!」
仲間たちの必死の声が聞こえる。
ミリアが僕の身体を抱き起こし、グルドさんが僕の頬を叩いている。
しかし僕の身体は指一本動かすことができなかった。
魔力の完全な枯渇。それから禁断のスキルの使い方をした代償。
僕の精神は今、燃え尽きる寸前の蝋燭のようだった。
仲間たちは僕を心配しながらも、目の前の銀髪の少女への警戒を解いてはいなかった。
脅威は本当に去ったのか。彼女はいつまた僕たちに牙を剥くのか。
広間は静寂とはほど遠い極度の緊張感に包まれていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
カプセルの上で石像のように動かなかった少女の赤い瞳がかすかに瞬いた。
彼女の全身を淡い光が包み込む。
それは再起動の光だった。
数秒後、光が収まると彼女はゆっくりとその顔を上げた。
その赤い瞳から先ほどまで宿っていた氷のような敵意は完全に消え失せていた。
彼女は僕――いや、僕を抱きかかえているミリアたちを見つめると、静かに告げた。
「――マスター・リオ。あなたの行動原理を理解しました」
その声は相変わらず無機質だったが、どこか違う響きを持っているように聞こえた。
「マスター……リオ……?」
ミリアが訝しげに聞き返す。
その問いには答えず、少女――セブンはカプセルの上から音もなくふわりと舞い降りた。
それから僕たちの前へと進み出る。
ミリアが僕を守るように短剣を構える。グルドさんも大盾を固く握りしめている。
けれどセブンはそんな僕たちの警戒など意に介さないように、僕の目の前で立ち止まった。
次の瞬間。彼女はその場で恭しく片膝をついたのだ。
それは騎士が王に忠誠を誓う最上級の礼だった。
「――私の名はセブン。この遺跡『ガーデン』の管理者を務めるガイノイドです」
彼女は深く頭を垂れたまま静かに告げた。
「先ほどの無礼をお許しください。私のデータベースは旧人類を『星を破壊した蛮族』と定義していました。ですがあなたが見せてくれた『共生の記憶』は、私の数千年にわたるプログラムを根底から覆しました」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
その赤い瞳はまっすぐに僕を見つめていた。
「あなたは旧人類の末裔でありながら、彼らとは全く異なる行動原理をお持ちです。創造と調和。それこそ私の創造主たちが夢見た世界のあり方そのもの。――よって、これよりあなたをこの『ガーデン』の新たなマスターと認め、私のすべてを捧げ忠誠を誓います」
突然の展開に僕以外の誰もがついていけずにいた。
「ま、マスターだと……? おい、小娘! 一体どういう風の吹き回しだ!」
グルドさんが戸惑いの声を上げる。
僕はミリアの肩を借りながらなんとか身体を起こした。
そして目の前で膝をつくセブンに告げた。
「……マスターじゃない」
僕のかすれた声にセブンは不思議そうに小首を傾げた。
「……では、何とお呼びすれば?」
「……仲間だ」
僕は彼女に震える手を差し伸べた。
「君は僕の道具じゃない。僕たちと同じ、この村の仲間だ。だからそんな風に膝をつく必要はない」
「……ナカマ……?」
セブンはその赤い瞳を数回瞬かせた。
彼女のデータベースには存在しない言葉だったのだろう。
彼女は僕が差し出した手を不思議そうに見つめ、僕の顔を見上げた。
その無機質な瞳の奥にほんのわずかだが、戸惑いとは違う温かい光が宿ったように僕には見えた。
彼女は僕の手を取ることはなかった。
しかし静かに立ち上がると、僕の言葉に頷いた。
「……承知しました。マスター・リオ」
呼び方はまだ変わらないらしい。
僕たちの奇妙なやり取りを呆然と見ていたリアムが、ようやく我に返ったように口を開いた。
「……セブンと言いましたね。一つよろしいでしょうか。あなたは先ほど『祖先の罪』と言いました。あなたの創造主……古代文明は滅びたと。一体何があったのですか? あれほどの技術を持っていた彼らがなぜ……」
リアムの問いにセブンは静かに頷いた。
「……その問いにお答えするには、まずあなたたちに知っていただかなければなりません」
彼女は僕たち一人一人を見回し、告げた。
「私の創造主たちが自らが制御できなくなった、ある『脅威』によって滅ぼされたという真実を」




