第74話:セブンの審判
「――侵入者を、確認」
鈴の鳴るような美しい声。
しかしその声には一切の感情がこもってはいなかった。
僕たちはその場に凍り付いていた。
目の前で数千年の眠りから覚めた、あまりにも美しく、そしてあまりにも異質な存在を前に、何をどう反応すればいいのか分からなかったのだ。
「……君は……?」
僕がかろうじてそう問いかける。
けれど彼女は僕の問いに答えることはなかった。
彼女の血のように赤い瞳が僕たち一人一人を、まるで品定めでもするかのようにゆっくりと見据える。
やがて彼女は静かに、しかし絶対的な宣告を下した。
「――識別コード、一致。あなたたちはこの星の生態系を破壊した旧人類……『蛮族』の末裔ですね」
「ば、蛮族……?」
「対話の必要はありません。これより遺跡防衛シークエンスを最終段階へと移行します。あなたたちを完全に排除します」
彼女がそう告げた、瞬間だった。
ウウウウウウウウウンンンンンンン――!
部屋全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。
今まで青白い光を放っていた壁一面のパネルが一斉に禍々しい赤色へと変化する。
「――まずい!」
リアムが絶叫した。
その声とほぼ同時に。僕たちを取り囲む壁面が音もなく変形を始めたのだ。
黒いパネルがパズルのようにスライドし、その奥から無数の砲台がその黒い砲口を僕たちへと向けてきた。
一つや二つではない。数十……いや、数百は下らないだろう。
壁から、天井から、あらゆる角度から無数の死の視線が僕たちに注がれている。
「――総員、防御態勢! 盾を、盾を構えろぉっ!」
グルドさんの怒号が響き渡る。
ドワーフたちが即座に円陣を組み、自慢の大盾を構えた。
しかしその表情は絶望に彩られていた。
「ダメだ……! 数が多すぎる……! 全方位からの攻撃など防ぎきれるものか!」
ミリアもその俊足を活かすことができずにいた。
どこに逃げても無数の砲台が的確に彼女を追尾してくる。
彼女は僕の前に立ちはだかり、自らの身を盾とするのが精一杯だった。
リアムはその場で膝から崩れ落ちていた。
「……最終防衛シークエンス……。逃げ場はありません。この部屋は完全に密閉された。我々はここで……」
彼の解析魔法が告げているのだろう。
この状況がいかに絶望的で、いかに打開策のない完全なチェックメイトであるかを。
誰もが死を覚悟した。
僕たちの冒険はここで終わるのか。
万能薬という希望を目の前にしながら、僕たちはこんな場所で塵と化すのか。
――嫌だ。
そんな結末、絶対に認めない。
仲間たちを守る。僕がこの手で守り抜くと決めたんだ。
僕は僕の前に立ちはだかるミリアの肩をそっと押しのけた。
「リオさん……!?」
僕は彼女に力なく微笑みかけると、一人前へと進み出た。
無数の砲台が僕の動きに合わせるように、その砲口を僕へと集中させる。
僕は全ての元凶。カプセルの上に静かに佇む銀髪の少女をまっすぐに見据えた。
「――待ってくれ! 僕たちは奪いに来たんじゃない! 何も破壊するつもりはないんだ!」
僕の必死の叫びが広間に響き渡る。
けれど彼女の赤い瞳は氷のように冷たいままだった。
「弁解は不要です」
彼女は静かに首を横に振った。
「あなたたちの祖先の代償です。我々古代の民がどれほどの想いを込めてこの大地を育んできたか。あなたたち蛮族に理解できるはずもない。あなたたちはただ奪い、破壊し、すべてを食らい尽くした。その罪を今ここで償いなさい」
祖先……? 罪……?
彼女が何を言っているのか僕には理解できなかった。
しかし彼女の瞳に宿る数千年の時を超えた深い、深い絶望と憎悪だけは痛いほど伝わってきた。
対話は不可能だ。
僕がそう悟った、その時。
彼女は静かにその桜色の唇を開いた。
「――執行」
その無慈悲な一言と共に。
僕を取り囲む全ての砲台の砲口が一斉に眩い白い光を放った。
世界が白に染まる。
僕の意識はそこで途切れた。




