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第72話:中枢への道


 万能薬の原料、【ルミナス・モス】の発見。

 その事実は僕たちの調査の目的を根底から変えてしまった。


 もはやこれは僕たちの村だけの問題ではない。

 この世界のあらゆる病に苦しむ人々を救うための希望そのものなのだ。


 僕たちは厳粛な、そして確固たる目的意識を胸に地下の楽園を後にした。

 この奇跡を、この遺跡のすべてを必ずや地上へと持ち帰る。

 そのために僕たちはこの遺跡の中枢部へと向かわなければならない。


 地下農園の奥には、これまでで最も大きく荘厳な通路が続いていた。

 壁面には無数の魔力回路がまるで血管のように張り巡らされ、青白い光を明滅させている。


 その通路を抜けた先。僕たちはついにこの遺跡の心臓部であろう最後の扉の前にたどり着いた。


 その扉はこれまでのどの扉とも違っていた。

 それはミスリル銀のような白く輝く金属でできており、その表面には宇宙の星々を模したかのような複雑で美しい紋様が描かれている。


 僕たちがその扉に一歩、足を踏み入れようとした、その時だった。


 ――バチッ!


 僕たちの目の前に突如、眩い光の壁が出現し行く手を阻んだ。


「うわっ!?」

「これは……結界ですか?」


 その光の壁に古代文字がゆっくりと浮かび上がってくる。


『――我らが遺産を継ぐに値する者か。その知性で示せ』


 それは物理的な罠ではなかった。

 この遺跡の創造主が僕たち後世の者たちに仕掛けた最後の、そして最大の試練。

 挑戦者の「資格」を問う知的なパズルだったのだ。


 メッセージが消えると、光の壁に最初の問いが紋様として浮かび上がった。


「これは……星の運行図……?」


 リアムがその紋様を食い入るように見つめる。


「この星図は現代のものとは微妙に配置が異なります。古代の星の運行法則に基づき、千年後のこの星空の正しい形を示せと……。無茶苦茶だ。こんなもの神でもなければ解けるはずが……」


 リアムが頭を抱えかけた、その時。グルドさんが静かに前に進み出た。


「……いや、解ける。星の運行は巨大な歯車の組み合わせと同じだ。一つ一つの星の動きを正確な数値として捉え計算すれば、千年後だろうと一万年後だろうと予測することは可能だ」


 グルドさんは地面に驚くほど精密な計算式を次々と書き出していく。

 彼の数学的な思考能力が天文学という未知の分野の謎を解き明かしていく。


 グルドさんが答えを導き出すと、光の壁は満足したように次の問いを僕たちに投げかけた。

 今度の問いは生命の循環に関する生物学的なパズルだった。


「……植物が動物に食べられ、その動物の死骸が微生物によって分解され、再び土の養分となる……。この循環の環の中で欠けているピースを埋めろと……?」


 ミリアがその複雑な図形をじっと見つめる。

 彼女は農業の専門家として誰よりも生命の繋がりを肌で感じてきた。


「……分かったわ。答えは『光』よ。植物が成長するために絶対に欠かすことのできないもの。この循環の始まりのエネルギー。それが太陽の光なのよ」


 ミリアがそう答えると、光の壁は再びその問いを変化させた。


 星の運行。生命の循環。魔力の法則。建築物の力学構造。

 光の壁は次々と僕たちに様々な分野の高度な知識を問うてくる。


 その一つ一つを僕たちは力を合わせて解き明かしていった。

 リアムのエルフ族ならではの魔法と歴史に関する膨大な知識。

 グルドさんのドワーフ族ならではの数学的、工学的な思考能力。

 ミリアの自然と共に生きてきたからこその生命の摂理に関する深い洞察力。


 誰か一人でも欠けていたら、僕たちは決してこの試練を乗り越えることはできなかっただろう。


 やがて光の壁に最後の問いが浮かび上がった。

 それはこれまでの問いとは全く違う、ごくシンプルな言葉だった。


『――この遺跡の力を、何に使う?』


 その問いに僕たちは言葉を詰まらせた。


 リアムは失われた古代の知識の復活を考えただろう。

 グルドさんは比類なき創造のための技術の発展を夢見たかもしれない。

 ミリアは僕たちの村のさらなる繁栄と平和を願ったはずだ。


 けれど僕たちは誰もその答えを口にすることができなかった。

 どの答えも正しいようで、しかしこのあまりにも偉大な力の使い道としてはどこか不完全であるように感じられたからだ。


 重い沈黙が流れる。

 その沈黙を破ったのは僕だった。


 僕は静かに一歩、前に進み出た。

 光の壁をまっすぐに見据えて告げた。


「――一部の者の繁栄のためではない」


 僕の脳裏に僕が築き上げてきた聖獣の郷の光景が蘇る。

 人間も、獣人も、ドワーフも、エルフも、皆がそれぞれの役割を担い、互いを尊重し笑い合っているあの場所。


「――あらゆる種族が手を取り合い、共に生きる未来のために」


 それは僕の偽らざる心の底からの答えだった。


 僕がそう告げた、瞬間だった。


 光の壁がこれまでで最も眩い光を放った。

 それは僕たちを拒絶する光ではない。

 まるで僕たちの答えを祝福するかのような温かく優しい光だった。


 光はゆっくりとその輝きを収束させていく。

 僕たちの目の前にあった光の壁は跡形もなく消滅していた。


 ――ギィ……。


 最後の試練を乗り越えた僕たちを迎えるかのように。

 白く輝く中枢制御室への扉が数千年の時を超えて、ゆっくりとその重い口を開いたのだった。


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