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第70話:農耕巨人


 僕たちの前に立ちはだかる巨大な鋼鉄製の扉。

 それは入り口の扉とは明らかにその性質を異にしていた。


「こいつは物理的な錠前じゃねえな。魔力回路でロックされてやがる」


 グルドさんが扉の表面を丹念に調べながらそう結論付けた。


「リアム、お前の出番だ。この扉の魔力回路の構造を読み解けるか?」


「やってみましょう。ですが先ほどのような強力な防壁があるかもしれません。皆さんは離れていてください」


 リアムが再び解析魔法を発動させる。

 しかし今度の扉は彼を拒絶することはなかった。

 彼の指先から放たれた翠色の魔力が扉の表面に刻まれた幾何学的な紋様に、するすると流れ込んでいく。


「……なるほど。ロックの解除には特定のパターンで魔力を流し込む必要があるようです。ですがそのパターンがあまりにも複雑すぎる……。まるで天文学的な数字の組み合わせだ」


「パターンさえ分かればいい。リオ、お前の力で過去にこの扉が開かれた時の『記憶』を視ることはできるか?」


 グルドさんの言葉に僕は頷いた。

 僕は再び【土地の記憶】を発動させ、この扉が開かれた瞬間の幻影を脳内に再生させる。


 ――視える。古代の技術者らしき人物が扉の制御盤を操作し、魔力を流し込んでいる。

 その魔力の流れ、そのパターンを僕は一瞬たりとも見逃さなかった。


「……リアム、僕の言う通りに魔力を流し込んでください。まず右上の紋様に三秒間、次に左下の紋様に……」


 僕が幻影から読み取った情報をリアムが寸分違わぬ精度で実行していく。

 最後のパターンを流し込み終えた、その時だった。


 ――プシュー……。


 扉が圧縮された空気が抜けるような軽い音を立てた。

 それから音もなく横にスライドしていく。


「……開いた」


 僕たちは改めて自分たちの連携が生み出す力の大きさを実感していた。

 扉の向こう側に広がっていた光景に僕たちは三度、言葉を失うことになった。


 そこは巨大なドーム状のだだっ広い格納庫だった。

 その広大な空間に信じられない数の『それ』が整然と並べられていたのだ。


「……なんだ、こいつは……?」


 誰かが呆然と呟いた。

 僕たちの目の前にあったのは戦闘用のゴーレムではなかった。


 それは蜘蛛を彷彿とさせる奇妙な形状の多脚型の機械だった。

 その数はざっと数えても数百体は下らないだろう。

 丸い胴体から昆虫のような細く長い脚が何本も伸びている。

 その脚の先端には鎌のような刃がついていたり、注射器のようなノズルがついていたりと、様々な形状のパーツが取り付けられていた。


 それは僕たちが想像していたような無骨な兵器とは似ても似つかない。

 どこか機能美さえ感じさせる不思議なデザインだった。


「……こちらへ」


 リアムが近くにあった制御盤のような機械へと僕たちを促した。

 その表面にはやはり僕たちの知らない古代の文字がびっしりと刻み込まれている。


 リアムはその文字を食い入るように見つめ、そして驚愕と興奮が入り混じった声でその内容を読み解き始めた。


「……これはこの機械の仕様書のようです。『自動農耕ゴーレム、モデル・アラクネ』……?」


「農耕……ゴーレム?」


 ミリアが信じられないといった声で聞き返した。


「ええ。そしてその機能は……信じがたいものです。まず第一機能『種まき』。土壌の状態を分析し、最適な深さと間隔で種子を自動で植え付ける。第二機能『水やり』。気候や土壌の湿度を感知し、常に最適な水分量を供給する。第三機能『収穫』。作物の成熟度を個別に判断し、最も良い状態で収穫を行う。さらに……『害虫駆除』、それから土壌そのものを改良する『土壌改良機能』まで……」


 リアムが一つ、また一つとその驚くべき機能を読み上げるたびに、ミリアの顔から血の気が引いていくのが分かった。


 彼女は村の農業責任者として誰よりも農業の過酷さと難しさを知っている。

 天候に左右され、害虫に悩まされ、来る日も来る日も腰をかがめて土と向き合う。

 その人間が何千年もの間繰り返してきた営みのすべてを、この蜘蛛型の機械はたった一体で自動で完璧にこなしてしまうというのだ。


「……そんな……。そんなことが本当に……?」


 ミリアはまるで夢でも見ているかのように、目の前で眠る農耕ゴーレムの一体にふらふらと歩み寄った。

 そしてその冷たい金属の脚をそっと指でなぞる。

 農業の常識。いや、世界の常識が根底から覆されるような衝撃。

 彼女はその事実をまだ受け止めきれずにいた。


 けれど僕の心は静かな、しかし確かな喜びに満たされていた。


 このゴーレムがあれば村人たちを過酷な肉体労働から解放することができる。

 老人や子供たちも安全な場所で村の発展に貢献することができるようになる。

 僕が夢見た誰もがその人らしく豊かに暮らせる楽園。

 その実現がまた一歩近づいたのだ。


 僕たちがそれぞれの思いで目の前の光景を眺めていると、グルドさんが腕を組みながら現実的な問題を口にした。


「……まあ、とんでもねえ代物だってことはよく分かった。だがな」


 彼は巨大な格納庫を見回し、僕たちに向き直って言った。


「問題は、どうやってこいつらを動かすか、だな」


 その言葉は僕たちの次の、そして最大の課題を明確に示していた。


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