第69話:連携という名の武器
「――よし! 全員、反撃に転じる!」
ミリアの力強い号令が広間に響き渡る。
一体のゴーレムの撃破。それはこの絶望的な戦況に僕たちが初めて穿った確かな光だった。
先ほどまでの絶望的な防戦一方の展開が嘘のように、調査団の士気は爆発的に燃え上がっていた。
もう僕たちの瞳に恐怖の色はない。
「リオ! 次だ! 次の奴の動きを読め!」
「はいっ! 三秒後、右手前の個体が前方へ直線的な突進攻撃を仕掛けます! その進路上にワイヤーを!」
「応!」
僕の未来予測に基づき、グルドさんの指示でドワーフたちが極太の金属製ワイヤーをゴーレムの進路上に張り巡らせる。
三秒後。僕の予測通り、一体のゴーレムが猛然とこちらへ突進してきた。
ガシャンッ!
ワイヤーに足を取られたゴーレムが派手な音を立てて前のめりに転倒する。
「――今だ! 弱点を叩け!」
ミリアの号令一下、身を潜めていた獣人族の戦士たちが一斉に飛び出した。
彼らは転倒し無防備な背中を晒したゴーレムに群がると、容赦なくその弱点に刃を突き立てていく。
一体、また一体と鋼鉄の巨人が沈黙していく。
僕の【土地の記憶】による未来予測とリアムの的確な分析。
グルドさん率いるドワーフたちの圧倒的な防御力と工作技術。
ミリア率いる獣人族の比類なき機動力。
それぞれがそれぞれの役割を完璧に果たし、一つの生き物のように有機的に連携する。
それは僕がずっと夢見てきた理想の戦い方だった。
種族や力の違いを互いの長所で補い合い、巨大な敵に立ち向かう。
その光景は僕がこの村で築き上げてきた「共生」という理念そのものが武器となった瞬間だった。
戦いの中で特に僕の目を引いたのは、ミリアの目覚ましい活躍だった。
「――左翼の盾が崩れる! 一体そちらに向かいます!」
リアムの警告が飛んだ、その時。
一体のゴーレムがドワーフの盾の陣形をこじ開け、後方にいた斥候の一人にその魔手を伸ばそうとしていた。
「――くっ!」
斥候の若者が死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じた、その瞬間。
「――させません!」
一陣の風が彼の前を駆け抜けた。
ミリアだ。彼女は信じがたいほどの俊足で仲間の危機に割り込むと、ゴーレムの腕を自らの短剣で受け止めていた。
もちろん、まともに受け止められるはずがない。
彼女の身体が大きく後方へと吹き飛ばされる。
けれど彼女が作ったほんの僅かな時間が決定的な意味を持った。
「今です! その個体を集中攻撃!」
ミリアが吹き飛ばされながらも的確な指示を飛ばす。
その声に応じ、遊撃部隊が一斉にそのゴーレムへと攻撃を集中させた。
数秒後。そのゴーレムもまた弱点を貫かれ、大地に沈んだ。
僕は瓦礫の中から立ち上がり、土埃を払う彼女の姿をただ頼もしく見つめていた。
彼女はもう僕に守られるだけのか弱い少女ではない。
自らの判断で仲間を導き、勝利を掴み取ることのできる立派なリーダーへと成長していたのだ。
戦いはすでに僕たちの勝利で決まりつつあった。
僕の予測と仲間たちの完璧な連携の前には、いかに古代の兵器といえども敵ではなかった。
やがて最後の一体が僕の目の前で機能を停止した。
――シン……。
あれほど鳴り響いていた金属音と怒号が嘘のように、広間に完全な静寂が戻った。
辺りには破壊されたゴーレムの残骸が無数に転がっている。
「はあっ……はあっ……」
調査団の誰もが武器を杖代わりにして荒い息を繰り返していた。
誰もが疲労困憊だった。魔力も体力も限界に近い。
しかしその顔には絶望の色はなかった。
誰もが汗と油にまみれた顔で互いの顔を見合わせ、そして満足げに笑っていたのだ。
「……やった。やったぞ、俺たち……!」
誰かがそう呟いた。
その言葉を皮切りに広間は割れんばかりの歓声に包まれた。
互いの肩を叩き合い、勝利の喜びを分かち合う。
僕もミリアと、グルドさんと、リアムと固い握手を交わした。
僕たちは最初の、そして最大の難関を誰一人欠けることなく突破したのだ。
この勝利は僕たちの胸に何物にも代えがたい達成感と、仲間への絶対的な信頼を深く刻み込んだ。
僕たちはしばらくの間その場で休息を取ることにした。
体力が回復したところで改めて広間の先を調査することにした。
ゴーレムたちが命を懸けて守っていたこの区画のさらにその奥。
そこに僕たちは新たな扉を発見した。
「……また扉か。しかし今までのとは少し様子が違うな」
グルドさんが訝しげに呟く。
その扉は入り口にあったような岩肌に擬態したものではなかった。
それは明らかに人工物だと分かる巨大な鋼鉄製の扉だった。
装飾は一切なく、ただ分厚く頑丈で、機能性だけを追求したような無骨なデザイン。
それはまるで巨大な兵器でも格納しておくための『格納庫』の扉のように僕たちの目には映った。
この奥には一体何が眠っているというのか。
僕たちは勝利の余韻と新たな謎への期待感を胸に、その巨大な扉を見上げていた。