第68話:鋼鉄の番人
「……気をつけろ。こいつはただの置物じゃねえ」
グルドさんが瓦礫に埋もれたゴーレムを睨みつけながら、低い声で警告を発した。
その全身から戦闘で鍛え上げられた者だけが放つ鋭い闘気が立ち上っている。
僕たちも彼のただならぬ気配にゴクリと息をのんだ。
ミリアは短剣を抜き、獣人族の斥候たちはいつでも動けるようにその身を低く構える。
僕がこの広間に刻まれた【土地の記憶】を読み解こうと意識を集中させかけた、その時だった。
――キィィィン……。
広間全体に耳障りな高周波音が響き渡った。
次の瞬間、僕たちを取り囲む壁が音もなくスライドし始めたのだ。
「なっ……!?」
「壁が……開いていく……!」
壁の向こう側は暗い格納庫のようになっていた。
その暗闇の中から無数の赤い光が、まるで血に飢えた獣の目のように一つ、また一つと灯り始める。
「――総員、戦闘態勢! 盾を構えろ!」
ミリアの絶叫が広間に響き渡った。
その声が合図だった。
ガション! ガション! ガション!
重い金属音と共に暗闇の中から、数十体もの鋼鉄の巨人がその姿を現した。
それは先ほど瓦礫に埋もれていたゴーレムと全く同じ形状をしていた。
赤い単眼を不気味に光らせ、僕たち調査団を明確な敵意をもって見据えている。
「――侵入者を確認。これより排除シークエンスに移行する」
合成音声のような無機質な声が広間に響き渡る。
その直後。数十体のゴーレムが凄まじい勢いで僕たちに襲いかかってきた。
「――うおおおっ! 絶対に防ぎきれ!」
グルドさんの号令一下、ドワーフたちが巨大な塔のような盾を構え、円陣を組んだ。
彼らの身体が大地に深く根を張るかのようにびくともしない。
ガンッ! ガガンッ!
ゴーレムの振り下ろす鋼鉄の腕。その一撃は大地を揺るがすほどの威力だ。
しかしドワーフたちはその衝撃を歯を食いしばって受け止める。
「ミリア! 撹乱するぞ!」
「はいっ!」
ドワーフたちが壁となっているその僅かな時間。
ミリア率いる獣人族の部隊が風のように駆け抜けた。
彼らはその俊敏さを活かし、ゴーレムたちの注意を引きつける。
それからその巨大な身体に飛びつき、関節の隙間や動力パイプが剥き出しになっている部分を的確に狙っていく。
しかしゴーレムの装甲はあまりにも硬い。
獣人たちの刃は甲高い音を立てて弾き返され、決定的なダメージを与えるには至らなかった。
「ダメだ、こいつら、硬すぎる!」
「落ち着いてください!」
後方からリアムの冷静な声が飛んだ。
彼は直接戦闘には加わらず、その碧眼に解析魔法の光を宿し戦場のすべてを観察していた。
「奴らの動きは単調です! 三回の連続攻撃の後、必ずコンマ五秒の硬直時間がある! 弱点は……背中だ! 背中の中央にある青く光る部分! そこが奴らの魔力供給部です!」
リアムの的確な分析。けれど言うは易し、行うは難し。
高速で動き回るゴーレムの背後を取り、正確に弱点を突くなど至難の業だった。
どうすれば……。どうすればこの状況を打開できる……?
僕が焦りに思考を巡らせた、その時。僕の脳裏にあの【土地の記憶】の感覚が蘇った。
そうだ。このスキルは過去を視るだけじゃない。
この土地に刻まれた無数の『動き』の記憶を読み解くこともできるはずだ。
僕は目の前で暴れ回るゴーレムの一体に意識を集中させた。
そして【土地の記憶】を未来予測のために応用する。
――視える。
僕の目にはゴーレムの現在の動きと同時に、その数秒先の未来の動きが淡い残像となってはっきりと視えていた。
右腕を振り上げ、叩きつける。左腕でなぎ払う。三回目の攻撃の後、コンマ五秒完全に動きを停止させる。
「……今だ!」
僕はリアムの分析と自らの未来予測が完全に一致した、その瞬間を見極めた。
「ミリア! 僕が合図をしたら奴の右側面に陽動をかけてくれ!」
「グルドさん! 特製の杭を僕に!」
僕は仲間たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。
グルドさんから先端が鋭く尖ったミスリル製の杭を受け取ると、僕は深く、深く息を吸い込んだ。
ゴーレムがドワーフの盾に二回目の攻撃を叩きつける。
三回目の攻撃のために大きく腕を振り上げた。
「――ミリア、今だ!」
「――やあっ!」
僕の合図と同時にミリアが電光石火の速さでゴーレムの側面に回り込み、その脚部に強烈な一撃を叩き込んだ。
もちろんダメージはない。陽動としてはそれで十分だった。
ゴーレムの赤い単眼が一瞬、ミリアの方を向く。
そのコンマ一秒にも満たないわずかな隙。
僕の目にはその直後に訪れるコンマ五秒の完全な静止状態がはっきりと視えていた。
僕はその未来に向かって大地を蹴った。
僕がゴーレムの背後に回り込んだのと、ゴーレムが三回目の攻撃を終え完全に動きを止めたのは全くの同時だった。
僕は躊躇わなかった。
リアムが突き止めた弱点。青く光る背中の中央部。
そこにグルドさん特製のミスリルの杭を全体重を乗せて突き立てた。
――ズブリ。
肉を抉るような鈍い感触。
次の瞬間、ゴーレムの全身が激しく痙攣した。
「――システム……エラー……。機能……停止……」
無機質な断末魔と共に鋼鉄の巨人が前のめりに、ゆっくりと倒れ込んでいく。
やがて大地を揺るがす轟音を立てて、完全にその動きを止めた。
広間が一瞬、静寂に包まれる。
一体のゴーレムの撃破。それはこの絶望的な戦況に僕たちが初めて穿った風穴だった。
「……やった……」
誰かがそう呟いた。
その言葉を皮切りに調査団の士気が爆発的に燃え上がった。
「見たか、野郎ども! 奴らは無敵じゃねえ!」
「リオ様の指示通りに動けば、勝てるぞ!」
「――よし! 全員、反撃に転じる!」
ミリアの力強い号令が広間に響き渡る。
僕たちの本当の戦いが今、始まったのだ。