第66話:ドワーフの挑戦
「――うおおおおっ!」
グルドさんの号令一下、屈強なドワーフの一人が巨大な鋼鉄のハンマーを振り上げた。
鍛え上げられた筋肉が岩のように盛り上がる。
次の瞬間、轟音と共にハンマーが扉の中心に叩きつけられた。
キィンッ!
鼓膜を突き刺すような甲高い金属音。飛び散る激しい火花。
しかし僕たちの目の前にある光景は、信じがたいものだった。
「なっ……!?」
ハンマーを振り下ろしたドワーフが驚愕の声を上げる。
あれだけの衝撃を受けたにもかかわらず、扉の表面には傷一つ、へこみ一つついていないのだ。
それどころか渾身の一撃を放ったはずの鋼鉄のハンマーの方が、無惨にもひび割れていた。
「馬鹿な……!? ワシの打ったハンマーが逆に壊されちまうとは……」
「代われ! 今度はワシがやる!」
次々とドワーフたちが自慢の得物を手に扉へと挑みかかる。
タガネを当ててみたり、巨大なつるはしを振り下ろしてみたり。
けれど結果は同じだった。あらゆる物理的な攻撃が、まるで分厚いゴムにでもぶつかったかのようにいともたやすく弾き返されてしまう。
「……物理的な攻撃は効果がないようですね」
リアムが冷静に分析し、一歩前に進み出た。
「ならば魔法的なアプローチを試してみましょう。この扉にかけられた術式を解析し、無力化します」
彼はそう言うと両手を扉にかざし、目を閉じて集中を始めた。
彼の指先から淡い翠色の魔力が放たれ、扉に刻まれた奇妙な紋様をなぞっていく。
エルフ族の秘術、【構造解析】。あらゆる物体の魔法的な構造を読み解く高度な魔法だ。
しかし、次の瞬間。リアムの身体がまるで見えない力に突き飛ばされたかのように後方へと吹き飛ばされた。
「ぐあっ……!?」
「リアム!」
ミリアがかろうじて彼の身体を受け止める。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……なんとか。しかしこれは……」
リアムは信じられないといった表情で自らの手を見つめていた。
「術式が複雑すぎます。まるで無数の歯車が寸分の狂いもなく組み合わさった巨大な機械のようだ。私の解析魔法がその構造を理解する前に完全に弾き返されてしまいました。下手に手を出せば術者の精神そのものが破壊されかねません」
物理攻撃も魔法攻撃も一切通用しない。
予想以上の堅牢さを前に、調査団の間に重苦しい沈黙が流れた。
僕たちの前に立ちはだかるのは単なる扉ではない。数千年の時を超えた古代文明の圧倒的な技術力そのものだったのだ。
誰もが行き詰まりを感じていた、その時だった。
「……なるほどな。そういうことか」
グルドさんが一人だけ何かに納得したように頷いていた。
彼は騒ぐ弟子たちを一喝すると、一人扉の前へと進み出る。
攻撃するでもなく、魔法を使うでもなく、ただじっとその岩肌のような表面を食い入るように見つめ始めた。
彼はまるで巨大な生き物と対話するかのように、その表面を節くれだった指で優しくなぞっていく。
時には聴診器を当てる医者のように扉に耳を押し当て、内部の微かな音に耳を澄ませている。
その姿はもはや職人というより求道者のそれに近かった。
どれほどの時間が経っただろうか。
太陽が真上から少し西へと傾き始めた頃、グルドさんはついに一つの答えにたどり着いたようだった。
「見つけたぜ……」
彼は扉の継ぎ目のある一点を指さした。
そこは他の部分と何ら変わらない、ただの岩肌にしか見えない。
「力ずくではこの扉は絶対に開かん。これはこの扉を創った古代の職人と、ワシら後世の職人との知恵比べだ。そしてどんな精巧な錠前にも、必ず『鍵穴』は存在する」
グルドさんはそう言うと、おもむろに懐から小さなミスリル銀の塊を取り出した。
それから、その場で携帯用の小さな炉に火を起こしミスリル銀を溶かし始める。
彼は溶かしたミスリル銀を神業的な手つきで一本の極細の針へと加工していく。
その細さはもはや肉眼では捉えられないほどだ。
「……よし。できた」
完成したミスリルの針を慎重にピンセットでつまみ上げると、グルドさんは再び扉の前に立った。
それから先ほど彼が指し示した何もないはずの場所へ、その針の先端をそっと差し込んだ。
――カチリ。
信じられないことに針は、まるでそこに穴が空いていたかのように何の抵抗もなく扉の中へと吸い込まれていった。
グルドさんは再び扉に耳を当てた。
彼の全神経が針の先端に集中しているのが背中越しに伝わってくる。
彼は内部の機構の微かな音を聞き分けながら、針を数ミリ単位で慎重に、慎重に操作していく。
調査団の誰もが固唾を飲んでその光景を見守っていた。
風の音とグルドさんの荒い息遣いだけが辺りに響いている。
そして。
――カチリ。
先ほどよりもほんの少しだけ大きく、澄んだ音が静寂の中に響き渡った。
その小さな音が合図だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
次の瞬間、数千年の間沈黙を守り続けていた巨大な扉が、地響きのような重低音を立てながらゆっくりと、本当にゆっくりと内側へと開き始めたのだ。
扉の隙間からひんやりとした古代の空気が流れ出してくる。
その向こうにはどこまでも続く深い、深い闇が口を開けていた。




