第64話:記憶を辿って
僕がふらふらの状態で村に帰り着いた時、最初に出迎えてくれたのは僕の帰りをずっと待っていたミリアだった。
僕の魔力が完全に枯渇しきった消耗ぶりを見るなり、彼女は血相を変えて駆け寄ってきた。
「リオさん!? いったい何があったんですか! そんなになるまで魔力を使うなんて……!」
僕は彼女に心配をかけまいと笑顔を作ろうとしたけれど、それさえもできないほどに疲弊していた。
結局、僕は彼女に支えられるようにしてなんとか自分の家までたどり着く。
そのままベッドに倒れ込み、丸一日泥のように眠り続けた。
次に僕が目を覚ました時、枕元にはミリアが付きっきりで看病してくれていた。
僕が目を覚ましたことに気づくと、彼女は心から安堵したように潤んだ瞳で微笑む。
「……よかった。本当に、よかった……」
僕は彼女に礼を言うとすぐに部屋に閉じこもった。
心配するミリアを何とかなだめ、食事も部屋に運んでもらう。
それから僕は机の上の白紙の地図に、あの日見た光景のすべてを必死に書き出し始めた。
天を突く光の塔。空飛ぶ銀の船。幾何学模様の道。
記憶が薄れてしまわないうちに、思い出せる限りの情報をキーワードとして地図に書き込んでいく。
それはまるで答えのないパズルを組み立てるような途方もない作業だった。
数日間、不眠不休でその作業に没頭した結果、僕は一つの法則性にたどり着いた。
僕が見た幻影――【土地の記憶】は場所によってその鮮明さが全く異なるのだ。
村の周辺では幻影はぼんやりとしていてすぐに消えてしまう。
しかし、地図上で北へ向かうにつれて幻影はより強く、より鮮明な輪郭を結ぶ傾向があった。
「……間違いない。幻影が最も色濃く残っている場所がどこかにあるはずだ」
そこに行けばきっと何かが分かる。古代文明の手がかりが。
僕は確信を胸に、数日ぶりに部屋を出て仲間たちを招集した。
集会所に集まったミリア、グルド、リアムを前に、僕は自分の身に起きたこと――【土地鑑定】スキルの進化と、それによって見た古代文明の幻影についてありのままを話した。
「……土地の記憶? 古代文明の幻影ですって……?」
ミリアが信じられないといった表情で僕を見つめる。
リアムもその切れ長の目をわずかに見開き、驚きを隠せないでいた。
しかしグルドだけは、その目を爛々と輝かせていた。
「古代文明だと……? リオ、それは本当か! ワシらドワーフの伝承にも残っておるぞ! 神々の時代、この大地には我々の想像を絶する技術を持つ者たちがいた、とな!」
興奮するグルドさんをなだめながら、僕は地図を広げた。
「はい。そして、その幻影が最も強く現れる場所を突き止めました。それは僕たちの領地の北部、まだ誰も足を踏み入れたことのないあの険しい山岳地帯です」
僕は地図の北端を指し示した。
そこはこれまで活用法が見いだせず、未踏の地として放置されていたエリアだ。
「僕はそこを調査したい。そこに行けば僕たちの村の未来を、そしてこの世界のあり方さえも変えてしまうような何かが見つかるかもしれないんです」
僕の真剣な訴えに三人は顔を見合わせた。
あまりにも突拍子もない話だ。普通の人間なら僕の頭がおかしくなったと思っても仕方がないだろう。
しかし彼らは違った。
「……分かりました。リオさんがそこまで言うのなら、きっと何かがあるのでしょう。危険かもしれませんけれど、私も行きます」
ミリアが強い意志を宿した瞳で最初に同意してくれた。
「古代文明の遺物……か。商人としてこれほど心躍る話はありませんね。結構です、その調査、私も投資しましょう」
リアムも知的好奇心と商人としての打算が入り混じった彼らしい笑みを浮かべる。
「決まりだな! おい、リオ! さっさと準備するぞ! 古代のドワーフがどんなとんでもねえもんを作ったのか、この目で確かめずには死ねねえからな!」
グルドさんはまるで遠足前の子供のようにはしゃいでいる。
僕はそんな頼もしい仲間たちに心からの感謝を告げた。
翌日、僕たち四人は調査のための装備を整え、北の山岳地帯へと向かった。
その道のりは予想以上に険しいものだった。
獣道すらない急斜面を登り、深い谷を迂回する。普通の人間なら一日で音を上げるような過酷な道のりだ。
僕たちはそれでも進んだ。
ミリアの獣人族ならではの身軽さが道を開き、グルドさんのドワーフの怪力が障害物を排除する。
そして僕が【土地の記憶】で幻影の痕跡を追い続けた。
調査開始から三日目の午後。
僕たちは巨大な崖がそそり立つ袋小路のような場所にたどり着いた。
「……ここだ。この辺りで幻影が最も強く視える」
僕は崖の前で立ち止まり、再びスキルを発動させた。
目の前に数千年前の光景が蘇る。人々がこの崖の中腹に向かって吸い込まれるように消えていく。
「崖の中腹……? まさか……」
僕は幻影が示す一点を食い入るように見つめた。
そこはどう見てもただの岩肌にしか見えない。
けれど幻影の中の人々は、確かにそこを通り抜けているのだ。
「グルドさん、あそこを調べてみてくれませんか!」
僕が指し示した場所をグルドさんが丹念に調べ始める。
彼は壁を叩き、音の違いを聞き分け、岩の継ぎ目を指でなぞっていく。
そして数分後。
「……おい。こいつはとんでもねえぞ……」
グルドさんが驚愕の声を上げた。
「この岩肌、一枚岩じゃねえ。寸分の狂いもなく組み合わされた巨大な扉だ。自然の岩に擬態させてやがるが、こいつは間違いなく人工物だ!」
その言葉に僕たちは息をのんだ。
グルドさんが指し示した部分をよく見ると、確かに髪の毛ほどの細さの継ぎ目が巨大な長方形を描いているのが分かった。
その扉の中央には、リアムのエルフの知識をもってしても全く解読不可能な奇妙な紋様が刻まれている。
それはまるで生きているかのようにかすかな魔力の光を放っていた。
僕たちはその圧倒的な存在感を放つ古代遺跡の入り口を前に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「この奥に、僕たちの村の未来を変える何かがある」
僕は固く閉ざされた扉を前に、確信に満ちた声で告げた。
僕たちの新たな冒険が今、始まろうとしていた。