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第63話:スキルの進化


 僕の魔力が奔流のように身体から抜け、大地へと吸い込まれていく。

 意識が急速に薄れ、僕という個の輪郭がこの広大な大地と溶け合っていくような不思議な感覚に包まれる。


 僕の脳内にいつもの三次元の地形情報が凄まじい勢いで流れ込んでくる。

 地表の植生、地下の水脈、鉱物の分布……。

 そのすべてが僕の意識の中に再構築されていく。


 もっと深く。もっと広く。この土地のすべてを知るんだ――!


 僕がさらに意識を深淵へと沈めていった、その時だった。


 ――ピシッ。


 まるで脳内で何かがひび割れるような鋭い音が響いた。

 その瞬間、いつもは見慣れているはずの青白い三次元のマップに激しいノイズが走る。


「ぐっ……!?」


 こめかみを鋭い錐で抉られるような激しい頭痛。流れ込んでくる情報が地形データだけではなくなったのだ。

 知らない人々の声。聞いたこともない機械の駆動音。

 それから、喜び、悲しみ、怒りといった土地に刻み込まれた無数の感情の奔流が僕の意識になだれ込んでくる。


『警告。第三セクターの魔力供給ラインに異常発生』

『見て、お母さん! 空のお船だよ!』

『なぜだ……なぜ、我々は滅びなければならないのだ……!』


 断片的な声と映像が僕の頭の中で激しく明滅する。

 これはなんだ? 【土地鑑定】はこんな能力ではなかったはずだ。


「う、あああああっ!」


 許容量を遥かに超えた情報奔流に僕の思考が悲鳴を上げる。

 身体中の魔力がありえない速度で大地に吸い上げられていくのが分かった。

 視界がぐにゃりと歪み、立っていることさえままならない。


『ニャアアアッ!』


 僕の肩の上でハクが鋭い警告の鳴き声を発した。

 その小さな爪が僕の肩に食い込む。危険だ、スキルを解除しろと彼が必死に訴えかけているのが分かった。


 けれど僕はそれをしなかった。できなかった。

 この現象は危険なだけではない。これは僕のスキルに起きている新たな変化の兆候だ。

 ここで退けば二度とこの境地にはたどり着けないかもしれない。


 僕は、この先にある『何か』を確かめなければならない――!


「……まだだ……まだ、終われない……!」


 僕は失われゆく意識を最後の気力で繋ぎ止める。

 歯を食いしばり、情報の奔流のさらにその奥にあるはずの『核』を目指して意識を一点に集中させた。


 そして、ついに僕の意識がぷつりと途切れる寸前。


 ――カチリ。


 まるで心の奥深くで固く閉ざされていた錠前が開かれるような音がした。


 その瞬間、僕の脳内を荒れ狂っていた情報の嵐が嘘のように静まり返る。

 やがて、ひび割れたガラスが再構築されるかのように僕のユニークスキルの構造そのものが全く新しい形へと書き換えられていくのが分かった。


『【土地鑑定】スキルは、より高次の能力【土地の記憶】へと進化しました』


 脳内にそんな無機質な声が響き渡る。

 【土地の記憶】……? 土地の記憶だと……?


 僕がその新しい能力の輪郭を呆然と確かめていると、目の前の光景がまるで陽炎のように揺らめき始めた。


「……これは……」


 僕は息をのんだ。

 目の前に広がっているのは、さっきまで見ていたはずの見慣れた荒野ではなかった。


 空には銀色に輝く木の葉の形をした巨大な船が音もなく滑るように浮かんでいる。

 地平線の彼方には天を突くほどの高さを持つ水晶と光でできた巨大な塔がいくつも林立していた。

 大地には幾何学模様の光の道が網の目のように走り、その上を見たこともない乗り物が猛スピードで行き交っている。


 僕が今立っているこの荒野は、かつて緑豊かな広大な庭園だったようだ。

 色とりどりの花が咲き乱れ、人々が穏やかな表情で散策を楽しんでいる。


 これは幻……? いや、違う。

 これはこの土地が記憶している数千年前の光景なんだ。


 僕の新しいスキル【土地の記憶】は、土地の情報を読み解くだけでなく、そこに刻まれた過去の出来事をまるで現実であるかのように五感で体験させる能力だったのだ。


 僕はそのあまりにも壮大で美しい古代文明の幻影に、ただ言葉を失って立ち尽くしていた。

 僕が今まで見てきた世界は一体何だったのか。僕たちが生きるこの時代は一体……。


 ――その時、僕の膝ががくりと折れた。


「はっ……はあっ……!」


 幻影がまるでテレビの電源が切れるようにぷつりと消え去る。

 目の前にはいつもの荒涼とした大地が広がっていた。


 凄まじい疲労感と魔力枯渇による激しい眩暈が僕の身体を襲う。

 立っていることもできず、僕はその場に崩れ落ちた。


『にゃ、にゃあ……』


 ハクが心配そうに僕の顔を舐める。

 そのざらりとした舌の感触だけがやけにリアルだった。


 僕は荒い息を繰り返しながら、霞む意識の中で必死に思考を巡らせた。


 僕のスキルに起きたこの劇的な進化。

 それから今目の当たりにした、信じがたいほどの高度な古代文明の光景。


 あれは一体何だったのか。そしてなぜ、あれほどの文明が跡形もなく消え去ってしまったのか。


 答えはまだ見つからない。


 けれど僕の胸には畏怖と、それ以上に強い探求心の炎が燃え上がっていた。


 この土地にはまだ僕の知らない途方もない秘密が眠っている。


 僕はそれを解き明かさなければならない。

 それが僕の新たな使命なのだと強く感じていた。


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