第62話:原点回帰
翌日、幹部会の席で僕は仲間たちを前にして自らの構想を具体的に語っていた。
僕の言葉を聞く彼らの表情は真剣そのものだ。
「――僕が目指すのは、この村の『完全な自立』です」
「完全な……自立、ですか?」
ミリアが不思議そうに問い返す。
「ええ。その計画は大きく分けて三つの柱から成り立っています。すなわち、『食料』『資源』そして『エネルギー』です」
僕は集会所に広げられた巨大な地図を指し示しながら説明を続けた。
「まず『食料』。ミリアの尽力のおかげで僕たちの村の食料自給率はすでに百パーセントを超えています。ですが、まだ天候や季節といった不確定要素に左右されやすい。
そこで今後は、洞窟を利用したキノコ類の栽培や、温泉熱を利用した温室栽培などを本格的に導入し、凶作のリスクを徹底的に排除します」
「なるほど……。確かに安定供給という点では、まだ改善の余地がありますね。すぐに計画を練ってみます!」
ミリアが真剣な表情で頷く。
彼女はすでに新たな作物の栽培計画を頭の中で練り始めているのだろう。
「次に『資源』です。グルドさんたちの協力で僕たちは鉄や銅、そしてミスリルといった貴重な鉱物資源を手に入れました。しかしこれらの資源もいつかは枯渇する。そうなる前に新たな鉱脈を常に探し続ける必要があります。
同時に、採掘した資源を加工する技術もさらに向上させなければなりません。他国に頼らず、僕たちの手でより高度な道具や建材を生み出せるようになることが目標です」
「フン、面白い。つまりこの村に王国随一の工房都市を作り上げようというわけか。望むところだぜ」
グルドさんがニヤリと口の端を吊り上げた。彼の職人魂に火がついたようだ。
「最後に、最も重要なのが『エネルギー』です」
僕は地図上の一点を力強く指さした。そこは領地を南北に貫く大河の上流にあたる。
「現在、僕たちの村の動力源の多くは魔力やドワーフたちの腕力に頼っています。しかしそれでは大規模な生産拡大には限界がある。そこでこの大河に水車を設置し、水力という新たな動力を確保します。
水力は昼夜を問わず安定したエネルギーを生み出してくれる。これがあれば鍛冶場の炉を常に稼働させることも、大規模な製粉工場を動かすことも可能になるでしょう」
僕の壮大な構想に仲間たちは息をのむ。
それは一つの村というより、もはや一つの国を作り上げるに等しい計画だったからだ。
「……しかしリオ殿。それらすべてを実現するには、あまりにも莫大な労働力と時間が必要になるのでは? 我々の村の規模で本当に可能なのですか?」
リアムが最も現実的な疑問を口にした。
彼の言う通り、普通に考えれば無謀な計画だ。
けれど僕には確信があった。
「ええ。だからこそ僕はもう一度、僕の力の原点に立ち返る必要があるんです」
僕は仲間たちを見回し、静かに告げた。
「この村の真の自立を成し遂げるため、僕はもう一度この土地のすべてと向き合いたい。来るべき危機に備え、領地の全てを隅々まで完全に把握するために大規模な領地の再調査を行います。僕のスキル【土地鑑定】をこれまでになく広範囲かつ高深度で使い、この土地に眠るあらゆる可能性を掘り起こすんです」
それから僕は続けた。
「この調査は僕一人で行います」
「――なっ!? いけません、リオさん!」
僕の言葉を遮ったのは血相を変えたミリアだった。
「単独での調査など危険すぎます! 王都であなたの存在は良くも悪くも多くの貴族たちに知れ渡ってしまった。刺客が差し向けられないとも限りません。せめて、せめて私だけでも護衛としてお供させてください!」
彼女の悲痛な訴えに僕の胸はちくりと痛んだ。
彼女がどれほど僕を心配してくれているか、痛いほど伝わってくる。
僕は彼女の前に進み出ると、その肩に優しく手を置いた。
「ありがとう、ミリア。君の気持ちは本当に嬉しい。でもこれは僕にしかできない仕事なんだ。僕が僕自身のスキルと向き合うための、いわば儀式のようなものでもある。誰にも邪魔されず、一人でこの広大な大地と対話しなければならないんだ」
僕の真剣な瞳にミリアは言葉を詰まらせる。
僕は彼女を安心させるように穏やかに微笑んだ。
「大丈夫だよ。この土地は僕の庭のようなものだ。それに最高の相棒もいる」
僕がそう言うと、僕の足元で丸くなっていたハクがまるでそれに応えるかのように「にゃあ」と小さく鳴いた。
三日後。僕は村の入り口で仲間たちに見送られていた。
背負った荷物は数日分の食料と水、それから野営のための最低限の道具だけ。腰には錆びついた剣の代わりに、グルドさんが打ってくれた新しい剣が下がっている。
「リオお兄ちゃん、これ……」
「お守り、だよ……」
カカンとココンが涙ぐみながら僕に手作りの木彫りの人形を差し出す。
不格好だけど温かみのこもった人形だった。
「ありがとう、二人とも。大切にするよ。必ずすぐに帰ってくるから。ミリアの言うことをよく聞いて、いい子で待ってるんだよ」
僕は二人の頭を優しく撫で、ミリアに向き直った。
彼女は僕が王都へ旅立つ前に贈ってくれた深緑のマントを僕の肩にかけ直してくれる。
「……必ず、ご無事で。私たちは、ずっとここで待っていますから」
「ああ。行ってくるよ」
僕は力強く頷くと、ハク(子猫サイズ)を肩に乗せ、踵を返した。
その背中には以前のような追放された者の不安や孤独はない。
そこにあるのは領地と民の未来を背負う領主としての自信と責任感だけだった。
ミリアはそんなリオの背中を祈るような思いで見送っていた。
以前よりもずっと大きく、頼もしく見えるその背中を。
村を出て半日ほど歩き、僕は領地全体を見渡せる小高い丘の上に立っていた。
眼下には僕たちが築き上げてきた村と、どこまでも広がる緑の大地が広がっている。
「……始めようか、ハク」
『にゃん』
肩の上でハクが僕を励ますように頬ずりしてくる。
僕は目を閉じ、意識を集中させた。
そして僕のユニークスキル【土地鑑定】を、これまで経験したことのないほど広範囲かつ高深度で発動させた。
僕の魔力が奔流のように身体から抜け、大地へと吸い込まれていく。
意識が急速に薄れ、僕という個の輪郭がこの広大な大地と溶け合っていくような不思議な感覚に包まれる。
僕の脳内にいつもの三次元の地形情報が凄まじい勢いで流れ込んでくる。
地表の植生、地下の水脈、鉱物の分布……。
そのすべてが僕の意識の中に再構築されていく。
もっと深く。もっと広く。この土地のすべてを知るんだ――!
僕がさらに意識を深淵へと沈めていった、その時だった。