第60話:旅立ちの準備
王都へ旅立つ日の朝は、雲一つないどこまでも澄み渡った快晴だった。
僕の新たな門出を祝福してくれているかのような、青空。
その下で僕は、村の仲間たちに見送られていた。
今回の王都への旅には、護衛役としてグルドさんが、補佐役としてリアムが同行してくれることになった。
ミリアには僕が留守の間、領主代理としてこの村を託した。彼女ならきっと、立派に務め上げてくれるだろう。
村の入り口にはほとんど全ての村人が、集まってくれていた。
「リオ様! お気をつけて!」
「王都の偉いさんたちに、俺たちの村のすごさを見せつけてやってください!」
「早く帰ってきてくださいね!」
皆がそれぞれの言葉で、僕にエールを送ってくれる。
その一つ一つの言葉が、僕の胸に温かく響いた。
そんな中、グルドさんが僕の前にずいと進み出た。
「――リオよ。これを持って行け」
彼が無骨な手で僕に差し出したのは、ミスリル銀で作られた小さなアミュレットだった。
そこにはドワーフの古代ルーン文字で、強力な防御の術式が刻まれている。
「……気休めだ。ないよりはマシだろう」
ぶっきらぼうにそう言う、グルドさんの顔は少しだけ赤かった。
「ありがとうございます、グルドさん。大切にします」
僕がそれを受け取ると、今度はカカンとココンがわっと泣きながら、僕の胸に飛び込んできた。
「リオお兄ちゃん、行っちゃうの……?」
「寂しくなるよぉ……!」
二人は涙でぐしゃぐしゃの顔で、僕に小さな布の包みを差し出した。
中には彼女たちが一生懸命作ってくれたであろう、手作りの干し肉が入っていた。
「これ、あげる……。お腹が空いたら、食べてね……」
「早く帰ってきてね……。約束、だからね……」
僕はしゃがみこみ、二人の小さな体を強く抱きしめた。
「ありがとう、二人とも。君たちの干し肉があれば百人力だ。必ずすぐに帰ってくるから。だから泣かないで。ミリアの言うことをよく聞いて、いい子で待ってるんだよ」
僕がそう言うと、二人はしゃくりあげながらもこく、こくと頷いてくれた。
最後に見送りに来てくれたのは、ミリアだった。
彼女は僕の前に静かに立つと、少し俯きながら丁寧に畳まれた一枚のマントを差し出した。
それは上質な深緑色の生地で、作られていた。
「……これ」
「これは……?」
「夜はまだ冷えますから。その……道中で、お使いください」
彼女がそう言うので、僕はそのマントを広げてみた。
それはとても温かそうな、立派なマントだった。しかし、その裾の縫い目は少しだけ不揃いで歪んでいた。
彼女が慣れない手つきで、夜なべをして僕のために縫ってくれたのだと、すぐに分かった。
「……ありがとう、ミリア。すごく温かそうだ。大切に使わせてもらうよ」
僕が心からの感謝を伝えると、彼女は顔を上げた。
その大きな赤い瞳は、心配と信頼と、言葉にできないたくさんの想いで潤んでいた。
「……リオさん。どうか、ご無事で。私たちは、ずっとここであなたの帰りを待っていますから」
「ああ。分かってる」
僕は彼女のそのまっすぐな想いを受け止めるように、力強く頷いた。
「必ず帰ってくる。みんながこの先ずっと、安心して笑って暮らせるような、そんな未来を必ずこの手に持って帰ってくるよ。――約束だ」
僕のその言葉に、ミリアはようやく花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
僕は仲間たちからもらったたくさんの想いを胸に、馬上の人となった。
護衛のグルドさん。補佐役のリアム。僕。
三騎の馬がゆっくりと、王都へと向かって歩き出す。
村の入り口でミリアたちが、いつまでもいつまでも手を振って僕たちを見送ってくれている。
その姿が豆粒のように小さくなるまで、僕は何度も何度も振り返った。
僕たちの姿が完全に見えなくなったであろう丘の上で、僕は改めて前を向いた。
その視線の遥か先。
地平線の彼方に、巨大な都市のシルエットが霞んで見えていた。
王都。
そこは僕にとって、希望の場所か。
あるいは新たな、絶望の始まりか。
それはまだ、誰にも分からない。
しかし、一つだけ確かなことがある。
僕の追放貴族の辺境開拓の物語は、ここで一つの終わりを告げた。
ここから始まるのは、聖獣の郷の領主、リオ・アークライトとしての本当の戦いの物語。
僕の本当の戦いは、今まさに始まろうとしていた。
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