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第6話:温泉と鉱石


 ハクが仲間になってから、僕の開拓生活は劇的に変化した。

 まず精神的な孤独から解放されたことが大きい。肩の上で小さな毛玉がすやすやと寝息を立てている。それだけで心が温かくなるのを感じた。


『腹が減った』

「はいはい、今木の実を採ってくるから待ってて」

『魚がよい。焼いたもの』

「……善処します」


 脳内に直接送られてくる遠慮のない要求に苦笑しながらも、そのやり取りは僕にとってかけがえのないものになっていた。


 ハクという心強い仲間も得た今、次なる目標は生活の基盤となる『家』の建設だ。いつまでも岩陰で夜露をしのぐわけにはいかない。

 家を建てるためには資材と、それらを加工するための道具が必要になる。つまり今後の活動資金の確保も同時に進めなければならない課題だった。


「ハク、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」

『うむ。何なりと申せ、主よ』


 僕は鑑定で目星をつけていた泉から少し離れた盆地へとハクを案内する。

 僕の鑑定によれば、この地下にはかなりの規模の温泉源が眠っているはずだった。


「この辺りの地面を少し掘り起こしてみてくれないかな? あまり深くなくていい。ハクの力なら爪で少し引っ掻く程度で……」

『うむ』


 ハクは僕の肩からひらりと飛び降りると、まばゆい光と共に瞬く間に山のような巨大な姿へと戻る。


「え、ハク!? そんなに大きくならなくても……」


 僕の制止も聞かず、ハクはその巨大な前足をしなやかに振り上げた。


「グルァァァッ!」


 雄叫びと共に、その鋭い爪が大地を深々と引き裂く。

 ズズズズンッ……と地響きが鳴り、地面がまるで巨大な鋤で耕されたかのようにあっさりと掘り返されてしまった。

 深さ数メートル、長さ数十メートルにも及ぶ巨大な溝が一瞬で出来上がる。


 僕は、その圧倒的なパワーを前にただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


『……こんなものか?』

「……う、うん。十分すぎるくらいだよ……」


 僕が唖然としていると、掘り返された溝の底からシュゴォォォという音と共に勢いよく白煙が噴き出し始めた。

 次の瞬間、熱い湯がまるで間欠泉のように天高く吹き上がる。


「うわっ!?」


 吹き上がった湯はやがて穏やかな流れとなり、ハクが作った巨大な溝をみるみるうちに満たしていく。

 あっという間にそこには広大な露天風呂、いや湖と呼んでも差し支えないほどの巨大な湯だまりが出現した。


 立ち上る湯気は心地よい硫黄の香りを運んでくる。

 僕はおそるおそるその湯に手を入れてみた。ちょうどいい湯加減だ。

 すかさず【土地鑑定】を応用して、その成分を分析する。


 ――検出:『高濃度マナ含有泉』。効能:疲労回復、創傷治癒、魔力回復促進。


「すごい……! これはただの温泉じゃない。怪我や病を癒す、まさに『聖水』と呼ぶべき代物だ」


 もしこの湯治場の噂が広まれば多くの人が癒やしを求めてやってくるだろう。それは今後の大きな収入源になるかもしれない。


 温泉の発見に喜ぶ僕だったが、ハクが掘り起こしたことで、もう一つの幸運が転がり込んできた。

 掘り返された岩盤の断面に、赤黒い鉱石が帯状になって露出していたのだ。


「これは……鉄鉱石! しかもかなりの高純度だ」


 地表近くにこれだけの量が剥き出しになっている。これなら僕の貧弱な装備でも十分に採掘が可能だ。


 温泉と鉄鉱石。生活の基盤と未来への資金源。

 僕は一度に二つの宝物を手に入れたのだ。


「ありがとう、ハク! 君のおかげだよ」


 僕が満面の笑みで礼を言うと、子猫サイズに戻ったハクは僕の頭の上で『ふん、当然よ』とでも言うようにぷいとそっぽを向いた。

 けれど、その尻尾が嬉しそうにぱたぱたと揺れているのを僕は見逃さなかった。


 それからの数日間、僕たちは来る日も来る日も開拓作業に没頭した。

 まずは掘り出した鉄鉱石を焚き火で熱し、石のハンマーで叩いて簡単な道具を作るところから始めた。

 いびつな形の斧とナイフ、新しいシャベル。貴族の僕がまるで鍛冶師のような真似事をしているのがなんだか不思議で、けれど楽しかった。


 次に森の木を切り出し、丸太小屋の建設に取り掛かる。

 これもハクの力が大いに役立った。僕が斧で切れ込みを入れた木をハクがその怪力でなぎ倒し、建設場所まで運んでくれるのだ。僕一人では何ヶ月かかったかわからない作業だった。


 そして一週間後、それは遂に完成した。


「できた……! 僕たちの家だ!」


 お世辞にも立派とは言えない、小さな小さな丸太小屋。

 しかし雨風をしのげ、安心して眠れる屋根と壁がある。

 それだけで、僕の心は今までにないほどの達成感と安らぎで満たされていた。


「今日からここが僕たちの城だね、ハク」

『うむ。悪くない。だが魚を焼くための囲炉裏が欲しいところだな』

「はは、それも今度作らないとかな」


 肩の上でハクが満足げに喉を鳴らす。僕たちは完成したばかりの我が家を飽きることなく眺めていた。


 その時だった。

 遠くの丘の向こうから、一台の馬車がこちらへ向かってくるのが見えた。

 馬車は、僕たちの丸太小屋ともうもうと立ち上る温泉の湯気を見つけたのか、興味深そうに速度を上げて近づいてくる。


 追放されてから初めて出会う外部の人間。

 それは、僕の国づくりが新たな局面を迎える始まりの合図だった。


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