第56話:戦後処理と、小さな芽生え
勝利の祝宴の喧騒が過ぎ去り、聖獣の郷には再び、穏やかで満ち足りた日常が戻ってきた。
村の男たちは総出で森の『後片付け』に追われていた。
アークライト軍が投げ捨てていった大量の武具の回収作業だ。
「おい、こっちにまだこんなに鎧が残ってるぞ!」
「剣も槍も選び放題だな! まあ、どれもこれもなまっくらだがな!」
ドワーフたちはまるで宝探しでもするかのように、楽しげに声を上げながら鉄の山を築いていく。
「こいつらは一度、全部溶かしちまおうぜ」
グルドさんが回収された剣の一本を、軽々とへし折りながら言った。
「こんな人を傷つけるためだけの道具なんざ、俺たちの村には必要ねえ。全部溶かして民のための鍬や鋤に作り変えてやる。その方がよっぽど、こいつらも浮かばれるだろうよ」
その言葉に周りの者たちも、力強く頷いた。
僕たちの村では剣よりも鍬の方が、ずっと価値があるのだ。
女たちは兎獣人族の薬草師を中心に、森の「浄化」作業を行っていた。
罠として使った催涙効果のある植物や幻覚キノコなどを、丁寧に摘み取っていく。
「全く、男衆は散らかすだけ散らかして、後始末は私たちなんだから」
薬草師のサラさんがやれやれと首を振りながら言う。
その口調は呆れているようで、されどどこか誇らしげだった。
村の誰もがそれぞれの役割を果たし、自分たちの手で日常を取り戻していく。
その光景は僕にとって、どんな勝利の報告よりも心に沁みるものがあった。
◇
その日の夜。
僕は一人、村が見渡せる小高い丘の上に座っていた。
眼下には家々の窓から漏れる温かい光の粒が、まるで宝石のようにきらめいている。
一つ一つの光の下に、僕が愛する家族たちの穏やかな暮らしがある。その事実が僕の心を、じんわりと温めた。
「――リオさん」
不意に背後から、優しい声がした。
振り返ると、そこにミリアが立っていた。その手には湯気の立つ、二つのマグカップが握られている。
「こんなところで一人で、何をしていたんですか?」
「……ミリア。いや、別に。ただ村を、見ていただけだよ」
彼女は僕の隣に、そっと腰を下ろした。
マグカップの一つを僕に手渡してくれる。中身は彼女が淹れてくれた、カモミールのハーブティーだった。
「……ありがとうございます」
「いえ……」
僕たちはしばらくの間、何も言わずに眼下に広がる村の夜景を、ただ眺めていた。
心地よい沈黙が僕と彼女の間を、優しく包み込む。
先にその沈黙を破ったのは、ミリアの方だった。
「……怖かったです」
ぽつりと彼女が呟いた。
その声はいつものしっかりとした彼女の声ではなく、か細く震えていた。
「戦いが怖かったわけじゃありません。皆がリオさんを信じて一つになっていましたから。負けるなんて、思ってもいませんでした」
彼女は膝の上で、自分の手をぎゅっと握りしめた。
「けれど……もし万が一、リオさんにもしものことがあったらって……。そう考えたら……夜も眠れませんでした」
普段は決して人前で弱さを見せない、気丈な彼女。
その彼女が今、僕の前でその心の内に秘めていた正直な恐怖を、吐露してくれていた。
僕はなんと声をかけていいか、分からなかった。
ただ彼女のその想いが、嬉しくて愛おしかった。
「……ごめん。心配かけたね」
僕がようやく絞り出したのは、そんなありきたりな言葉だけだった。
「けれど、大丈夫だよ。僕にはミリアが、皆がついていてくれるから。僕はもう、一人じゃないから」
僕は彼女を元気づけようと、精一杯の笑顔を向けた。
その僕の言葉と笑顔に、ミリアははっとしたように顔を上げた。
次の瞬間、彼女の頬が夕焼けのようにさっと赤く染まった。
「……! わ、私は別に、あなたのことだけを心配していたわけではありませんから! 領主様がいなくなったら村が困るって思っただけで……! か、勘違いしないでくださいね!」
彼女は慌てたように早口でそう言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
その耳がぺたんと倒れている。照れている時の彼女の、可愛らしい癖だ。
穏やかで温かい時間が、流れる。
この時間がいつまでも続けばいいのに。僕は心の底から、そう願った。
しかし、その甘い感傷を打ち破るように、丘の下から一つの人影がこちらへと向かってくるのが見えた。
その優雅な、されどどこか常に緊張感をまとった歩き方は、リアムだ。
彼は僕たちの前に立つと、静かに一礼した。
その表情はいつになく、険しい。
「――リオ殿。お二人だけの時間を邪魔するようで大変申し訳ありませんが、新たなご報告が」
その言葉に僕とミリアは、顔を見合わせた。
どうやらこの村に、本当の平穏が訪れるのはまだ、少し先のことになりそうだった。




