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第49話:ドワーフの職人魂と、仕掛けられる罠


 僕の宣言の翌日から、聖獣の郷はこれまでにないほどの活気に満ち溢れていた。

 それは恐怖からくる悲壮なものではない。

 自分たちの手で未来を掴み取ろうとする、前向きでどこか楽しげですらある、祭りの前夜のような活気だった。


 その中心にいたのは、グルドさん率いるドワーフの職人たちだ。


「いいか、野郎ども! 今回の仕事はただの戦準備じゃねえ! 俺たちドワーフの職人魂を、あのすかした騎士様たちの脳天に叩き込む一大興行だ! 中途半端な仕事は、このワシが許さんぞ!」


 ドワーフたちの工房に、グルドさんの檄が飛ぶ。

 その言葉に、屈強な職人たちが「「「オオウッ!」」」と地響きのような雄叫びで応えた。


 彼らの前に広げられているのは、僕が【土地鑑定】スキルで作成した森の精密な立体地図だ。

 そこには敵の進軍ルートや、罠を仕掛けるのに最適なポイントが詳細に書き込まれている。


「まず、基本となるのは落とし穴だ。しかし、ただの穴じゃ芸がねえ!」


 グルドさんが、地図の一点を太い指で叩いた。


「この地点は粘土質の土壌で水はけが悪い。ここに深さ三メートルの穴を掘り、底に兎獣人どもが集めてきた『ヌルヌルの実』を大量に敷き詰める! 一度落ちたら、自力で這い上がることは金輪際不可能よ!」

「おお、そいつはいい! 騎士様方が泥んこ遊びとは、傑作だぜ!」


「グルドの旦那! こっちの罠はどうだ? 敵が通りかかったら、木の上から巨大な網を落とすってのは。網には猫獣人のガキどもが喜んで集めてくれた『ひっつき虫』を、これでもかと塗りたくっておくんだ!」

「それもいいな! 採用だ!」


 工房はもはや作戦会議室というよりも、悪戯好きの子供たちが集まる秘密基地のようだった。

 職人たちは目を輝かせながら、次々と悪趣味で、されど効果的な罠のアイデアを出し合っていく。


「臭い玉もいいぞ! 発酵させた魚の内臓と腐った卵を混ぜ合わせた特製のやつだ!」

「いや、それじゃあ俺たちも後始末が大変だ。それより、幻覚作用のある『ワライダケ』の胞子をふいごで一気に送り込むってのはどうだ? 騎士様方が森の中で陽気に踊りだすぞ!」

「それだ! その方が後腐れがなくていい!」


 彼らの発想はどこまでも自由で、悪意に満ちていた。

 けれど、その根底にあるのは決して人殺しのためではない、職人としての純粋な探求心と遊び心だ。

 どうすればもっと効率的に、もっと面白く、敵の戦意を削ぐことができるか。

 彼らはその一点に、持てる技術と知識の全てを注ぎ込んでいた。


 僕も彼らの議論に加わりながら、【土地鑑定】スキルで得た地形や地質の情報を共有し、罠の効果を最大化するためのアドバイスを送った。


「その坂道は、表面の土の下に滑りやすい頁岩の層があります。少し油を撒くだけで、馬も人もまともに立っていられなくなりますよ」

「この辺りの木々は根が浅いものが多いです。数本にワイヤーをかければ、ドミノ倒しのように広範囲を一度に塞ぐことができます」


 僕の言葉に、ドワーフたちは「なるほど!」と膝を打ち、さらに楽しげに計画を練り上げていく。


          ◇


 アイデアが固まれば、仕事は早かった。


 翌日から、ドワーフたちは総出で森に入り、罠の設置作業を開始した。

 その光景は、圧巻の一言だった。


 屈強なドワーフたちが巨大なつるはしを振るい、面白いように地面を掘り返していく。

 あっという間に、巧妙に偽装された落とし穴が森のあちこちに口を開けた。


 別の場所では器用な職人たちが、巨大な丸太を組み合わせ、振り子式の槌やつる草で編まれた巨大な吊り網を木々の間に設置していく。

 その手際の良さは、まるで一つの芸術作品を作り上げているかのようだった。


 子供たちも、この「祭り」に参加していた。

 彼らは自分たちの背丈よりも大きな葉っぱや枝を運び、完成した罠をカモフラージュする手伝いを満面の笑みでこなしている。


「こっちの葉っぱの方が、色が似てるよ!」

「見て見て! 僕、こんなにたくさん『ひっつき虫』集めたんだ!」


 彼らの無邪気な声が森の中に響き渡る。

 戦の準備をしているとは思えないほど、そこには平和で希望に満ちた光景が広がっていた。


 数日後。

 敵の進軍ルートとなる森は、ドワーフたちの手によって巨大なからくり屋敷、あるいは悪趣味なテーマパークへと完全に姿を変えていた。


 全ての準備を終えたグルドさんは、完成した罠の数々が隠された森を満足げに見渡した。

 その手には戦のための斧ではなく、いつものように彼の魂とも言える巨大なハンマーが握られている。


「フン。上出来だ」


 彼は自慢の髭をぐいっとしごくと、にやりと笑った。


「これで、騎士様方も退屈せんで済むだろうよ。――歓迎するぜ、諸君。ワシらが魂を込めて作り上げた、絶望の森へようこそ、だ」


 その声は森の木々にこだまし、これから始まる宴の開会宣言のように響き渡った。


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