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第46話:領主の決断


 村の集会所に、重々しい空気が満ちていた。


 緊急の幹部会。

 そこに集まったのは、僕、ミリア、ドワーフの長グルド、エルフの商人リアム。

 この聖獣の郷を動かす、中心人物たちだ。

 テーブルの中央には、あのアークライト家の使者が投げ捨てていった理不尽な要求を記した巻物が、まるで毒蛇のようにとぐろを巻いて置かれている。


 最初に沈黙を破ったのは、グルドさんだった。

 彼は巨大な腕を組み、地響きのような声で言った。


「――戦じゃな」


 その言葉は、疑問形ではなかった。

 長年の経験から、この要求がもはや交渉の余地のない、最終通告であることを正確に理解していたのだ。


「フン、望むところよ。ワシらドワーフは、故郷を追われたあの日から、とっくに戦の覚悟はできておる。リオ、お主がやれと言うなら、ワシはいつでも槌を斧に持ち替えよう。あのふざけた貴族どもに、ワシらの誇りを叩き込んでやるわ」


 グルドさんの瞳には、戦士としての獰猛な光が宿っていた。

 彼の言葉に、ミリアも静かに、しかし力強く続いた。


「私も同じ気持ちです。この村は、私たちの故郷です。やっと手に入れた、皆が笑って暮らせる場所なんです。それを、あんな身勝手な理由で奪われるくらいなら、私は最後まで戦います。この命に代えても、この村を、リオさんを、守り抜いてみせます」


 彼女の赤い瞳は、まっすぐに僕を見つめていた。

 その視線は、僕への絶対的な信頼と、それ以上の何か熱い想いを物語っているようで、僕は思わず目を逸らしそうになった。


 最後に口を開いたのは、いつも冷静なリアムだった。

 彼は優雅な手つきでティーカップを口に運ぶと、ふう、と一息ついてから言った。


「……やれやれ。だから言ったでしょう、人の良いお貴族様。あなたのやり方は、いつか必ず、旧来の権力者たちの嫉妬を招くと」


 その口調は皮肉めいていたが、彼の切れ長の瞳の奥には、仲間たちと同じ、静かな怒りの炎が揺らめいていた。


「ですが、嘆いても始まりませんね。ビジネスにトラブルはつきものです。このトラブルは我々にとって、ある意味でチャンスでもあるのです」

「……チャンス、だって?」


 僕が聞き返すと、リアムは理知的な笑みを浮かべた。


「ええ。アークライト家は、我々を『支配』できると高を括っている。しかし、我々がその支配を、我々の力で完全に退けることができたなら? 聖獣の郷は、もはやアークライト家の庇護下にある辺境の村ではなく、王国すら無視できない、独立した一つの『勢力』として認められることになるでしょう。それは、この村の未来にとって、決して悪い話ではありません」


 リアムは、この絶望的な状況ですら、未来への布石と捉えていた。

 その揺るぎない分析と胆力に、僕は改めて舌を巻いた。


 仲間たちの言葉が、僕の心に深く染み渡っていく。


 戦う覚悟。

 守る覚悟。

 未来を見据える覚悟。


 皆、僕を信じ、この村の未来を信じて、それぞれの覚悟を決めている。

 その想いが、何よりも僕の心を強くした。


 僕は、広場で泣いていたカカンとココンの顔を思い出す。

 酒場で怒りに震えていた男たちの顔を思い出す。

 市場で、不安を信頼に変えていた女たちの顔を思い出す。


 彼らは皆、僕の「家族」だ。

 血の繋がりなどよりも、もっと深く、強い絆で結ばれた、かけがえのない家族。


 その家族に、アークライト家は牙を剥いた。

 僕が愛する者たちから、全てを奪い去ろうとしている。


 その事実が、僕の心に、これまで感じたことのないほどの、静かで、燃えるような怒りを宿らせた。

 自己肯定感が低く、いつも誰かの顔色を窺ってばかりいた、かつての僕ではない。

 この村の領主として、皆の未来を預かる者としての、確固たる怒りだ。


 僕はゆっくりと立ち上がった。


「――ありがとう、みんな。君たちの覚悟は、よく分かった」


 僕は、仲間たちの顔を一人一人、しっかりと見つめて言った。


「僕も、とっくに覚悟はできている。この村は僕の故郷で、ここにいる皆は、僕の家族だ。――僕の家族に、手出しはさせない」


 僕は、テーブルに置かれた巻物を手に取ると、びり、と音を立てて、それを真っ二つに引き裂いた。


「この要求は、聖獣の郷の領主、リオ・アークライトの名において、断固として拒否する」


 僕の宣言に、ミリアが、グルドさんが、リアムが、満足そうに頷いた。


 しかし、僕は首を横に振った。


「ううん、それだけじゃ足りない。僕は、ただ要求を拒否するだけじゃない。この機会に、過去との全てを断ち切る」


 僕は、執務机に向かうと、一枚の真っ白な羊皮紙とペンを取り出した。


「僕は、アークライト家に、僕たち聖獣の郷の民の、明確な意志を伝える。それは、服従でもなければ、交渉でもない。――決別の言葉だ」


 僕はペンをインクに浸し、迷いのない筆致で、かつて僕を追放した父と兄へ、また、僕を縛り付けていた過去への、最後の手紙を書き始めた。


 その背中を、仲間たちが、静かに、そして誇らしげに見守っていた。


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