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第40話:聖獣の郷の夜明け


 あれから一週間。

 僕たちの新たな希望の種は、村人たちの温かい手によって瞬く間に芽を出した。


 村の集会所だった建物は、見違えるように綺麗に改装された。

 壁は白く塗り直され、床はぴかぴかに磨き上げられている。

 その中には、ギムガーさんが心を込めて作ってくれた、子供たちの小さな体にぴったりの木の机と椅子が整然と並べられていた。

 一つ一つの机の角は丁寧に丸められており、子供たちが怪我をしないようにという、彼の無骨な優しさが感じられる。


「――今日からここが、皆さんの学び舎です」


 教壇に立ったミリアが、少し緊張した面持ちで、しかし凛とした声で言う。

 彼女の前には、カカンとココンを始めとする村の子供たちが、目をきらきらと輝かせながら座っていた。

 ドワーフの子供も、兎獣人の子供も、分け隔てなく同じ教室で同じ机に向かっている。


「ここでは文字を学び、計算を学び、この広い世界のことを学びます。知識は、皆さんの未来を照らす光です。さあ、一緒に学びましょう!」


 先生としてのミリアの第一声。

 それは、僕たちの村の新たな歴史の始まりを告げるファンファーレのように、僕の胸に響き渡った。


          ◇


 その日の夜、僕は村の中心にある広場の焚き火の前に座っていた。

 僕の周りには、この村を支えてくれるかけがえのない仲間たちが集まっている。

 ミリア、ギムガーさん、グルドさん、そして学校の完成を祝うために駆けつけてくれたセリナさん。


 昼間の喧騒が嘘のように、静かな夜だった。

 パチパチと心地よい音を立てて燃える炎を見つめながら、僕たちはこの数ヶ月の出来事を振り返っていた。


「……まさかワシが、人間の小僧の下で働くことになるとはな。人生、何があるか分からんもんだ」


 ギムガーさんが大きなジョッキに並々と注がれたエールを、一気に呷りながら言った。

 その顔はぶっきらぼうだったけれど、どこか満ち足りているように見えた。


「ワシの夢は、生涯現役の鍛冶師であり続けることだ。いつかこの手で、伝説に残るような最高の逸品を打ち上げること。……この村なら、それができる。そんな気がするぜ」

「ええ、ギムガーさんの腕があれば、必ずできますわ」


 セリナさんが微笑みながら、相槌を打つ。


「私の夢は、父が遺してくれたこのリコリス商会を大きくし、王国中に誠実な商いの輪を広げることです。リオ様、あなた方との出会いは、その大きな一歩となりました。これからも最高のパートナーとして、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします、セリナさん」


 僕がそう言うと、今度はミリアが少し恥ずかしそうに口を開く。


「……私はまだ、夢なんて大きなことは分かりません。でも、今日、子供たちのあの嬉しそうな顔を見て思ったんです。この子たちの未来を守りたい。この子たちが自分の力で幸せになれるように、その手助けをしてあげたい。それが、今の私の一番の願いです」


 先生としての自覚が、彼女をまた一回り大きく成長させたようだった。

 その横顔は、聖母のように優しく、美しかった。


 皆がそれぞれの夢を語り、最後に僕の番が回ってきた。


「……僕の夢は」


 僕は一度言葉を切り、燃え盛る炎の向こう側に広がる僕たちの村を見渡した。


「この聖獣の郷を、本当の楽園にすることです。どんな種族も、どんな過去を持つ者も、ここでは誰もが尊重され、誰もが笑って暮らせる。そんな当たり前の奇跡が毎日続く場所にしたい。それが、僕の夢です」


 僕のその言葉に、皆は黙って頷いてくれる。

 僕たちの夢はそれぞれ違う。しかし、その向かう先はきっと同じなのだ。


 宴は静かにお開きとなり、仲間たちはそれぞれの家路についていった。

 僕は一人広場に残り、夜空を見上げた。


 満天の星空が広がっている。

 王都にいた頃は、こんなにも多くの星が空にあるなんて、知りもしなかった。


 追放され、全てを失ったと思ったあの日。

 僕は本当は、何も失ってなどいなかったのかもしれない。

 むしろ、あの息の詰まる籠の中から解き放たれ、僕はここで本当に大切なものたちと出会うことができたのだ。


 土地の声、仲間の声、そして自分自身の心の声。

 それらに耳を澄ませば、進むべき道は自ずと見えてくる。

 この数ヶ月で、僕はそのことを学んだ。


『――見ているか、我が主よ』


 ハクが、いつの間にか僕の隣に寄り添っていた。

 その金色の瞳が、僕と同じように星空を見上げている。


「うん。見ているよ、ハク」


 僕たちの物語は、まだ始まったばかりだ。

 これからもきっと、多くの困難が待ち受けているだろう。ヴァイスのような、新たな敵も現れるかもしれない。


 しかし、もう僕は何も恐れない。

 僕には、このかけがえのない仲間たちがいるのだから。


 東の空が、わずかに白み始めていた。

 長い夜が明け、新しい一日が始まろうとしている。


 それは僕たちの聖獣の郷の、新たな夜明けでもあった。


ここまでのご読了ありがとうございます。

評価やブックマーク、リアクションなど、いつも執筆の励みになっております。

今後ともよろしくお願いいたします。

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