第37話:土地の声、人の声
「――作戦、開始!」
僕の絶叫にも似た声が、合図だった。
「うおおおおっ! こっちだ、この鉄くず野郎!」
「お前の相手は、俺たちだ!」
それまで防戦一方だった自警団の若者たちが、一斉に雄叫びを上げながらゴーレムの注意を引きつける。
彼らはもはや、無駄な攻撃はしない。
ただその巨大なゴーレムのヘイトを自分たちに集め、巧みに後退していく。
その誘導先は一つ――僕が【土地鑑定】で見つけ出した、この村で最も地盤が脆弱な湿地帯だ。
「……小僧どもが、ちょこまかと……!」
丘の上から戦況を見下ろしていたヴァイスが、忌々しげに呟いたのが聞こえた。
彼も僕たちの意図に気づいたのだろう。
けれど、もう遅い。
ゴーレムは知能が低い。
ただ目の前の敵を殲滅するという命令に忠実なだけの、破壊人形だ。
若者たちの巧みな挑発に乗り、まんまと僕たちが仕掛けた罠のど真ん中へと、その巨大な足を踏み入れていく。
ズチャッ!
鈍い音と共に、ゴーレムの鋼鉄の足がぬかるんだ地面に深く沈み込んだ。
その巨体が、ぐらりと大きく傾く。
「今だっ!」
僕は叫んだ。
その声に応えるように、僕の肩の上から聖獣ハクの子供たちが一斉に飛び出す。
彼らはこの日のために僕が特別にお願いしていた、秘密兵器だ。
子猫ほどの大きさしかない彼らだが、その身に宿す力は聖獣そのもの。
彼らが一斉に地面に向かって咆哮すると、大地が、まるで生き物のように震え始めた。
ド、ド、ド、ド、ド……!
局地的な地震。
それによって、ただでさえぬかるんでいた地面が底なし沼のように液状化し、ゴーレムの足をさらに深く飲み込んでいく。
「なっ……!? 何が起こって……!?」
ヴァイスの驚愕の声が響き渡る。
彼の計算を超えた事態。これこそが、僕たちの土地の声、大地の力だ。
完全に体勢を崩したゴーレム。その動きが一瞬、止まった。
その隙を、僕たちは見逃さない。
「――小僧! できたぜぇっ!」
工房の方角から、ギムガーさんの咆哮が轟いた。
彼が手にしているのは、一本の美しい杭。ミスリルで作られたその杭は、月光を反射して白銀の輝きを放っている。
僕が指示した通り中心部が薄く作られており、今にも美しい音色を奏でそうだ。
「グルド! 投げろ!」
ギムガーさんが叫ぶ。
その杭を受け取ったのは、ドワーフの長であるグルドさんだった。
彼はその樽のような体にありったけの力を込め、まるで砲弾のようにその杭をゴーレムの胸部目掛けて投擲した。
ヒュウウウウッ!
風を切り裂き飛んでいくミスリルの杭。
それは、寸分の狂いもなくゴーレムの胸部装甲に突き刺さった。
ガキィィィン!
という、凄まじい金属音。
黒鋼の装甲に杭は半分ほどめり込み、そして止まった。
しかし、それでいい。十分だ。
「ミリアッ!」
僕は最後の引き金を引くべく、彼女の名前を叫んだ。
「はいっ、リオさん!」
ミリアは僕の意図を、完全に理解していた。
彼女は弓に矢を番える。けれど、その矢は普通の矢ではなかった。
矢尻の部分に小さな音叉が取り付けられている、特殊な矢だ。
「届け、私の声……! 響け、破邪の旋律!」
彼女は静かに詠唱を始める。
彼女の魔力が、音叉の矢に集束していく。
僕が鑑定で突き止めた、あのゴーレムのコアを破壊するための、ただ一つの周波数の音を生み出すために。
放たれた矢は一直線に、ゴーレムの胸に突き刺さったミスリルの杭に命中した。
キィィィィィィィィン!
次の瞬間、杭が共鳴し、耳をつんざくような超高周波を発生させた。
それはただうるさいだけの音ではない。
ゴーレムの動力源である魔導クリスタルだけを破壊するために調整された、死の産声だ。
すると、ゴーレムの胸部で何かが砕け散る音が響き渡った。
パリン、と。あまりにも、あっけない音だった。
次の瞬間、ゴーレムの赤い魔導石の光が急速に失われていく。
あれほど猛威を振るっていた鋼鉄の巨体は、まるで命の糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
「…………」
静寂が、戦場を支配した。
何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くす村人たち。
丘の上で、信じられないものを見たという顔で硬直しているヴァイス。
やがて、一人の子供が叫んだ。
「……やった……! やったあああああ!」
その声を皮切りに、地鳴りのような大歓声が聖獣の郷全体を包み込んだ。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
種族も年齢も性別も関係なく、皆が抱き合い、涙を流し、勝利を分かち合っている。
その光景を見ながら、僕は静かに確信した。
――ヴァイス、あなたの言う通り、僕たち一人一人の力は弱いのかもしれない。
けれど僕たちには、あなたには決して理解できない最強の武器がある。
それは、土地の声を聴き、仲間の声を信じる心。
そして、それぞれの役割を尊重し、一つの目的のために力を合わせるこの『絆』という名の力だ。
これこそが、僕たちの村の本当の価値なのだ、と。